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平野区をあるく(大阪) [ウォーキング大阪24区]

「平野区をあるく」に参加してきました。(20170509)

大念仏寺
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大阪平野区の平野郷十三口、喜連環濠七口など歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は曇り、23.3℃、気持ちの良いウォーキングになりました。

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集合場所JR平野駅近くの公園を出発して杭全神社、大念仏寺、平野郷十三口、平野公園、菅原神社を経由して鞍作公園まで歩きます。

JR平野駅近くの公園を出発します。

直ぐ近くの杭全神社に向かいます。

杭全神社くまたじんじゃ)
貞観4年(862)、平安時代初期の征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の孫・当道(とうどう)が素戔嗚尊(すさのおのみこと)を勧請して第一殿に平野郷の氏神として祀り、創建したと伝えられているそうです。
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大念仏寺に向かいます。

大念仏寺(だいねんぶつじ)
1127年、聖徳太子信仰の厚かった良忍上人が四天王寺に立ち寄った際、太子から夢のお告げを受け、鳥羽上皇の勅願により平野に根本道場として創建したのが始まり。平安末期以降広まった念仏信仰の先駆けとなり、国産念仏門の最初の宗派で日本最初の念仏道場。その後、火災などで荒廃するが、元禄期(1700年頃)に本山として体裁が整い、現在に至っているそうです。
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平野郷十三口を巡ります。
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樋之尻地蔵尊
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平野郷十三口の写真は後半にまとめました。


全興寺(ぜんこうじ)
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平野公園で休憩した後、菅原神社、鞍作公園に向かいます。

菅原神社(すがはらじんじゃ)
もと天児屋根尊を祀り橘宮と称したが、のちに天神社と称して、菅原道真公を祀る。創建の年月は明らかではないが、鬼門除けの神として信仰を集め、境内の砂を持ち帰る風習があった。明治5年村社となり、さらに40年10月南鞍作村の無格社天照皇大神社、41年10月鞍作、新家村の村社菅原神社を合祀した。しかし、新家村の天神社は近時旧地に戻って独立した。神社奥には、鞍作、南鞍作、新家の三ヶ村を潤した三鞍作用水樋門の記念碑があるそうです。
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鞍作公園に着きました。

ここで、昼食休憩になりました。


昼食休憩後、長吉出戸公園、八坂神社、喜連環濠七口、法明寺、喜連瓜破駅まで歩きました。


八坂神社に向かいます。
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八坂神社(やさかじんじゃ)
東喜連村の氏神で素盞鳴尊を祀り、八坂神社と称していたが、嘉永年間に忍坂大中姫命(允恭天皇の皇后)を祀る媛天神を合祀して東西神社となった。改称は、合祀により氏子が東西喜連村にまたがることになったので、東西の二字をとった。明治42年12月、天神・東西・春日の三社は現在の楯原神社に合祀されていたが、氏子の決議にもとづき再び八坂神社とした。昭和26年7月、東喜連氏子の要望により、東西社・春日社を元の東喜連に分離移転し、同時に地域の氏子も別れることとなったそうです。
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喜連環濠七口を巡ります。
1・北口地蔵尊
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2・西口地蔵尊
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3・南口地蔵尊
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4・馬倉地蔵尊
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以下の3枚はネットから引用させていただきました。
5・東口地蔵尊
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6.尻矢口地蔵尊
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7.東喜連南口地蔵尊
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法明寺
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楯原神社 ( たてはらじんじゃ)
喜連西北端の旧字楯原(現喜連西1丁目)にあったが、兵火・台風などの被災で文明13年春現在地付近に移ったとされる。延喜式(867)神名帳記載の古社。明治以後の祭神は武甕槌大神と大国主大神。平成23年大阪市文化財の指定を受けた奥殿の氏神天神社は大坂夏の陣後真っ先に再建された元和年間の築造で、喜連で最古の建物である。明治37年環濠浚えの時広住塚前で発見された「息長眞若中媛」標柱が境内最奥に移されている。昭和59年旧社地近辺の今川に古地名を顕彰して楯原橋(大阪市「歴史の橋」第1号)が架けられているそうです。
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この後、喜連瓜破駅まで歩きました。


平野郷
大阪の中でも最も早く、平安時代から開けた平野郷は、交通の要衝として商業が発展、戦国時代には自衛のため、まちを環濠と土居をもって囲み、町民合議でまちを運営する自治都市として、堺とともに、日本の近世史にその足跡を残しています。また平野郷は、江戸時代には大和川付け替えによって、隆盛した河内木綿の集散地として繁栄しました。まちの活気は文化の交流を呼び、京都や堺の町衆と同じく、連歌や茶道、能楽などが町民に普及し、杭全神社の連歌所や民間の学問所である合翠堂などが創立されたそうです。

平野郷十三口
1.馬場口地蔵 ばばぐちじぞう
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2.泥堂口地蔵 でいどうぐちじぞう
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3.杭全神社(ネットから引用させていただきました)
お地蔵さんはおられないそうです。
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4.河骨池口地蔵 こおのいけぐちじぞう
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5.市ノ口地蔵 いちのくちじぞう
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6.樋ノ尻口地蔵 ひのしりぐちじぞう
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7.出屋敷口地蔵 でやしきぐちじぞう
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8.田畑口地蔵 たばたぐちじぞう
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9.流口地蔵 ながれぐちじぞう
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10.堺口地蔵 さかいぐちじぞう
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11.西脇口地蔵 にしわきぐちじぞう
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12.田辺道西脇口地蔵 たなべみちにしわきぐちじぞう
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13.小馬場口地蔵 こばばぐちじぞう
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ご訪問していただきありがとうございました。




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