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大阪国際女子マラソンコースウォーク(大阪市) [ウォーキング大阪市]

「大阪国際女子マラソンコースウォーク」に参加してきました。(20190112)

大阪城公園
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昨年に引き続き、毎年1月(今年は1/27)に大阪で開催される大阪国際女子マラソンコースの折り返し地点までを歩いてきました。
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当日は曇り、最高気温7.9℃。少し寒かったですが、気持ちの良いウォーキングになりました。

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JR長居駅近くの長居公園を出発して、我孫子筋、昭和町駅前、今川2、大池橋、勝山4、玉造筋を経由して大阪城公園まで歩きます。

集合場所の長居公園
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長居公園を出発して、我孫子筋を北上します。
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昭和町駅前今川2丁目の交差点
それぞれを右折(東行き)、左折(北上)します。
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大池橋勝山4丁目の交差点
それぞれを左折(西行き)、右折(北上)します。
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玉造筋を北上して大阪城公園に向かいます。
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森ノ宮駅近くの大阪城公園
ここで昼食を頂きました。


昼食後、OBP、中之島公会堂、大阪市役所、御堂筋を経由して道頓堀橋南詰まで歩きました。

開業が近いクールジャパンパーク大阪を通過します。

クールジャパンパーク大阪(仮称)
2019年2月に開業する劇場型文化集客施設「クールジャパンパーク大阪(仮称)」
は、さまざまなジャンルのエンターテインメントの上演に対応する最新鋭の設備環境を整えた大・中・小のキャパシティの異なった3劇場を建設。大阪城公園への訪日外国人をはじめとした国内外の来園者をさらに増加へつなげ、世界的な観光都市・エンタテインメントシティ大阪の魅力の向上を図り、大阪および関西全域の経済・産業の成長に貢献することを目指していくそうです。
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OBP(大阪ビジネスパーク)
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天満橋付近。大阪市中央公会堂に向かいます。
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大阪証券所
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大阪市中央公会堂
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大阪市役所
ここから御堂筋を南下します。
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御堂筋
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北御堂
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南御堂
工事していました。
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難波神社
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ゴールの道頓堀界隈
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ご訪問していただきありがとうございました。



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23.北区をあるく(大阪) [ウォーキング大阪24区]

「北区をあるく」に参加してきました。(20190108)

中央公会堂
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大阪北区の歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温11.9℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所大阪天満宮を出発して、天満別院、中央公会堂、露天神社、太融寺、綱敷天神社を経由して扇町公園まで歩きます。

集合場所の大阪天満宮

大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)
菅原道真を主神に猿田彦命ほかを祭る。正門は弘化2年(1845年)に建てられたもので、境内には見るべきものが多く、天満の天神さんと親しまれています。天神祭は日本三大祭の一つで、中でも船渡御は圧巻だそうです。
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大阪天満宮を出発して、直ぐに天満別院に着きました。

天満別院(てんまべついん)
東本願寺派の別院で、もともと本願寺の総本山だそうです。
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この後、中之島公園、中央公会堂に向かいます。

中之島公園で少し休憩になりました。

中央公会堂
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今回は中央公会堂の中を見学させていただきました。


大阪市役所の西側を歩いて堂島川から北新地を歩きます。

大阪市役所
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堂島川を渡ります。
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北新地を通り抜けて梅新を通過します。
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露天神社に着きました。

露天神社(つゆのてんじんしゃ)
名前の由来は、祭神の菅原道真が太宰府に左遷される時にここを通過し偲び泣きしたため、または梅雨のころ社前の井戸から水が湧き出たためといわれています。元禄十六年(1703年)に実際にこの神社であった心中事件を元に、近松門左衛門が創作した浄瑠璃「曾根崎心中」が一躍有名になり、主人公のお初にちなんで「お初天神」と呼ばれるようになったそうです。
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太融寺、綱天神社から扇町公園に向かいます。

太融寺(たいゆうじ)
光源氏のモデルともいわれている源融(みなもとのとおる)の名をとって寺名にしたとか。かつての寺域は「北野の太融寺か、太融寺の北野か」といわれるほど広大でした。境内には淀君の墓や芭蕉の句碑など数々の史跡があるそうです。
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綱敷天神社(つなしきてんじんしゃ)
菅原道真が船綱を円座にして敷き梅を鑑賞したという、通称北野天神だそうです。
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扇町公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、豊崎神社、毛馬閘門、長柄国分寺を経由して天神橋筋6丁目駅まで歩きました。

天五中崎通商店街を歩きます。
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豊崎神社(とよさきじんじゃ)
都を飛鳥から難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)に移した孝徳天皇を祀る神社。大化の改新の詔は長柄豊碕宮で宣言されたといわれているそうです。
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淀川堤防を歩きます。
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日本水仙が咲いていました。
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淀川大堰(よどがわおおぜき)
国土交通省近畿地方整備局と独立行政法人水資源機構が共同で管理を行う可動堰。1964年に完成した長柄可動堰を改造して1983年に完成した淀川最下流にある河川施設。大阪府と兵庫県への上水道と工業用水道供給を目的にしているそうです。
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毛馬閘門(けまこうもん)
明治の淀川改修工事では、橋の鉄橋化や長柄運河の開さくなど一連の工事が進められました。旧淀川(大川)に流下する水量の調節のために設けられたのが毛馬の洗堰で、船の航行の水位調節のために設けられたのが毛馬の閘門です。昭和49年の新水門完成と昭和51年の新閘門開通を機にそれぞれ引退し、現在は3門の旧洗堰と第1・第2旧閘門が保存されているそうです。
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長柄国分寺(ながらこくぶんじ)
聖武天皇の命により「長柄寺」から国分寺となったそうです。
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この後、天神橋筋6丁目まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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京都初詣ウォーク(京都市) [ウォーキング京都市]

「京都初詣ウォーク」に参加してきました。(20190104)

平安神宮
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昨年に引き続き、今年も京都の有名な平安神宮、清水寺、伏見稲荷大社などに初詣をしてきました。

当日は晴れ、最高気温10.1℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所の京都駅を出発して、東本願寺、佛光寺、鴨川河川敷を経由して平安神宮まで歩きます。

京都駅の前にある京都タワーです。
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集合場所の京都駅に展示されていた生け花
(ジャパンスピリッツ in 京都 華の競演)
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東本願寺(ひがしほんがんじ)
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山。正式名称は「真宗本廟」だそうです。
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佛光寺に向かいます。
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佛光寺(ぶっこうじ)
佛光寺は真宗佛光寺派の本山。京都渋谷に寺基があった頃(1300年代後半 - 1400年代前半)は、同じ浄土真宗の本願寺をしのぐ勢力があったそうです。
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佛光寺で休憩になりました。


休憩後は鴨川河川敷を歩いて沿って平安神宮まで歩いていきます。

鴨川河川敷を歩きます。
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三条大橋を通過します。
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鴨川を渡ります。
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平安神宮(へいあんじんぐう)
1895年、平安遷都1100年を記念して創建された神社。24mの高さがあり、国の登録有形文化財になっている大鳥居が神宮道をまたぐ。鮮やかな朱色と緑に塗りわけられた社殿は、朝堂院を模している。広大な庭園には珍しい鳥類や、甲羅に草を生やすミノガメ、本州では珍しい南石亀などが生息するそうです。
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平安神宮の前の広場で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は自由歩行になりました。

南に向かって、知恩院、八坂神社、清水寺、東福寺、智積院を経由して伏見稲荷大社まで歩きました。

知恩院(ちおんいん)
知恩院浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは江戸時代以降。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれているそうです。
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八坂神社(やさかじんじゃ)
八坂神社は全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。通称として祇園さんとも呼ばれるそうです。
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二年坂、産年坂
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清水寺(きよみずでら)
清水寺は山号を音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所だそうです。
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清水寺から京都タワーが見えました。
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妙法院門跡(みょうほういんもんせき)
妙法院は天台宗の寺院、山号を南叡山。本尊は普賢菩薩、開基は最澄。皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院を指して「門跡」と称するが、妙法院は青蓮院、三千院(梶井門跡)とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院。また、後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られる。近世には方広寺(大仏)や蓮華王院(三十三間堂)を管理下に置き、三十三間堂は近代以降も引き続き妙法院所管の仏堂となっているそうです。
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智積院(ちしゃくいん)
真言宗智山派総本山。末寺約3000。南北朝のころ創建された紀州根来山の学頭寺院が起こり。1585年(天正13)兵火に遭い、難を京都に避けた。大坂城落城後、豊臣秀吉の愛児鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺の寺領を徳川家康が寄進し、五百佛山根来寺智積院と改め、仏教研学の道場として栄えた。明治に焼けた金堂は1975年(昭和50)に復興。江戸初期を代表する池泉廻遊式庭園は、中国の廬山を形どったといわれ、収蔵庫には、長谷川等伯一派による桜・楓図(国宝)など極彩色の障壁画を展示しているそうです。
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東福寺(とうふくじ)
創建は鎌倉時代。摂政関白・藤原(九條)道家が、南都東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとり、九條家の菩提寺として造営。仏殿には高さ15mの大仏立像を安置。京の「新大仏寺」として1236年より19年をかけて、都最大の伽藍を完成させたものだそうです。
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伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は
神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社だそうです。
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有名な千本鳥居
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この後、稲荷駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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あけましておめでとうございます [ウォーキング]

あけましておめでとうございます。


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今年もウォーキングの記録を綴っていきたいと思います。


今年の歩き始めは1月4日を予定しています。


本年もよろしくお願い致します。



ご訪問していただきありがとうございました。



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17.平野区をあるく(大阪) [ウォーキング大阪24区]

「平野区をあるく」に参加してきました。(20181225)

大念仏寺
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大阪平野区の歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温12.3℃。気持ち良いウォーキングになりました。


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集合場所長吉東部中央公園を出発して、志紀長吉神社、川辺八幡神社、小松神社、敬正寺、瓜破天神社を経由して瓜破霊園まで歩きます。



集合場所の長吉東部中央公園を出発して志紀長吉神社に向かいます。
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志紀長吉神社(しきながよしじんじゃ)
延喜式内の神社で祭神は長江襲津彦命、事代主命の二座である。明治5年に旧郷社に列せられたころは、旧長吉、瓜破、恵我、大正、藤井寺の各村の総氏神であったが、現在は長吉一円の氏神である。大坂夏の陣のとき、豊臣方の武将真田幸村がこの神社に刀剣と軍旗を奉納して戦勝を祈願したと伝えられ、刀剣は第2次世界大戦後、占領軍の命令で没収されたが、軍旗は今も神社に保存されている。麻布で、「真田の六文銭」がくっきりと描かれているそうです。
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気持ち良い佇まいの街並みを歩きます。
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川辺八幡神社(かわなべはちまんじんじゃ)
創建の年月不詳であるが、石清水八幡宮の分霊を勧請したものと伝わる。往時は、社殿も壮大で社領も広く、いまの境外地字垣添の全部を包容し、社領も4町歩以上におよんだが、1704年の大和川付け替え工事よって立ち退きを余儀なくされ、社領地の大部分がその川床となった。明治5年村社に指定された。境内の楠の木には黒い龍が宿るという伝承があり、推定樹齢300年以上で大阪市の保存樹に指定されている。また、毎年9月の秋祭には大和川に御輿を担ぎ入れる「足洗い」神事に併せて仕掛け花火と打上げ花火が行なわれ、秋の川面を彩るそうです。
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大和川の堤防を歩きます。
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川辺大和川公園で少し休憩後、瓜破霊園に向かいます。

小松神社( こまつじんじゃ)
「瓜破の古書「船戸録」によると、この地に源氏の武士権守宗重の一子で湯浅七郎兵衛宗光という人が住んでいた。この宗光が安元の戦いの際、平重盛に危い命を助けられたことがあった。その後、平重盛は紀州の熊野浦に入水してこの世を去った。このことを知った宗光は報恩のため自己所有の土地を寄進し、社殿を建て、その霊を祀り小松大明神と名付けられた。その後、小松大明神は本郷の氏神さまとして郷民たちの信仰を集めるようになった。元来、この神社は当地の南西方向に位置していたが鉄道敷にかかったため天神社に合祀されていたものを、南之町の有志によりこの地に社を昭和22年に建立し、祀ることにされたそうです。
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敬正寺(きょうしょうじ)
大化年間(645~649年)道昭法師により創建された永楽寺の遺跡といわれ、永楽寺の本尊五智如来(五輪仏)のうち2体の石像が安置されている。右側の大きい方が大日如来で、左側が阿弥陀如来である。豊かな頬をして落ち着いた像容から、制作年代は平安後期までさかのぼるものと推定されている。大日如来には生駒山の花崗岩、阿弥陀如来は二上山の安山岩が用いられており、府の有形文化財に指定されているそうです。
(写真はネットから引用させていただきました)
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瓜破天神社(うりわりてんじんじゃ)
僧道昭がこの地で修行中天神の霊像が出現した。そこで瓜を割って供えたが、この伝承が瓜破という地名の起源のひとつといわれている。道昭は、当地の出身と伝えられ白雉4年(653年)遣唐使に従って入唐し、玄弉三蔵の教えを受け、帰国後諸国を遍歴して庶民に慕われたことが、続日本紀にみられるそうです。
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瓜破霊園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、八坂神社、如願寺、楯原神社、平野公園、全興寺、長實寺、大念仏寺を経由して地下鉄平野駅まで歩きました。

八坂神社(やさかじんじゃ)
東喜連村の氏神で素盞鳴尊を祀り、八坂神社と称していたが、嘉永年間に忍坂大中姫命(允恭天皇の皇后)を祀る媛天神を合祀して東西神社となった。改称は、合祀により氏子が東西喜連村にまたがることになったので、東西の二字をとった。明治42年12月、天神・東西・春日の三社は現在の楯原神社に合祀されていたが、氏子の決議にもとづき再び八坂神社とした。昭和26年7月、東喜連氏子の要望により、東西社・春日社を元の東喜連に分離移転し、同時に地域の氏子も別れることとなったそうです。
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如願寺(にょがんじ)
崇峻天皇元年(588年)聖徳太子の創建として、もと喜連寺といわれた。阿弥陀寺・弥勒寺など四方に荘厳な諸堂が建てられた大伽藍であったがその後、弘法大師により再建、如願寺と改められた。本尊聖観世音菩薩は平安時代の作で、大阪府有形文化財に指定されており、摂津国三十三所観音霊場の第三十二番札所でもあるそうです。
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楯原神社は如願寺の横にありました。


楯原神社(たてはらじんじゃ)
神社の歴史はきわめて古く、崇神天皇の頃初めて祀られたといわれる延喜式内の古社であり、祭神は武甕槌大神と大国主大神である。また、神武天皇が国内平定に用いられた十握の劒を祀ったと社伝にある。もと、字楯原(現在の喜連西1)にあったが、兵火にあい現在の地に移ったそうです。
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平野公園で少し休憩になりました。
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この後、大念仏寺に向かいます。

全興寺(せんこうじ)
平野がまだ広々とした野であったころ、ここに薬師堂が建てられ、そこを中心に人が住みはじめ、平野の町がしだいに広がっていったといわれる。本尊は薬師如来で、聖徳太子の作と伝えられている。また、当寺には、真田幸村が樋之尻口の地蔵堂に仕掛けた地雷によって飛来したという伝説をもつ「首の地蔵尊」や湛慶作と伝えられる「太子の像」がある。境内には、「地獄堂」や「水琴窟」「駄菓子屋さん博物館」もあり、見どころが多いそうです。
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長宝寺(ちょうほうじ)
桓武天皇の妃であった坂上春子姫が、平安時代初めの大同年間(806~810年)に出家して開いた高野山真言宗の寺院であり、坂上家の氏寺でもあります。境内の銅鐘は鎌倉時代の代表的な作で重要文化財に指定されています。また、室町時代に当寺の慶心と言う尼さんが地獄へ行って戻り、その様子を記した「よみかえりの草紙」や閻魔王が自ら刻んだという閻魔像と「宝印」が寺に伝わり、毎年5月18日のご開帳の時、おでこに閻魔様の「宝印」を押してもらえば極楽へ行けると伝えられているそうです。
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大念仏寺(だいねんぶつじ)
融通念仏宗の総本山で、大治2年(1127年) 聖応大師(良忍上人)が建立したものである。当寺には国宝「毛詩鄭箋残巻」、重要文化財「融通念仏勘進帳」等があり、総本山特別行事として1・5・9月のそれぞれ16日に百万遍会(大数珠くり)、5月1日~5日の阿弥陀経万部会(万部おねり)はことに有名である。また、本堂は、木造の建物では大阪府下最大だそうです。
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この後、地下鉄平野駅まで歩きました。





今回が今年最後のウォーキング記録になります。
一年間ありがとうございました。

どうぞ、良いお年をお迎えください。 来年もよろしくお願いいたします。


ご訪問していただきありがとうございました。



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水都なにわ と いにしえの熊野街道(大阪市) [ウォーキング大阪市]

「水都なにわ と いにしえの熊野街道」に参加してきました。(20181223)

道頓堀
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大阪の歴史的な街並み、熊野街道などを歩いてきました。

当日は曇り、晴れ、最高気温16.2℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所扇町公園を出発して、大阪天満宮、八軒家浜、熊野街道、榎木大明神、空堀商店街、とんぼりリバーウォークを経由して日吉公園まで歩きます。

集合場所の扇町公園
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扇町公園を出発して、天神橋筋商店街を歩きます。
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大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)
菅原道真公が祭られている大阪天満宮は大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれています。 年末年始や受験、梅見のシーズンには、多くの参拝者で賑わい、境内北側の星合池(通称亀の池)周辺の梅林などに合計約100本の梅の木があるそうです。
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天神橋を渡ります。
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八軒家浜(はちけんやはま)
八軒屋浜は、京都・伏見と大阪を結ぶ三十石船の発着場で舟運の拠点としてにぎわった場所だそうです。
熊野街道の出発地点です。
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熊野街道を歩きます。

熊野街道(くまのかいどう)
熊野街道は大阪天満の八軒家浜を起点として和歌山の熊野三山に至る街道です。
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榎木大明神(なつきだいみょうじん)
御祓い筋(熊野街道)と長堀通りの角を北に、石段を登ったところにあります。このあたりは第2次大戦の空襲でも焼け残った古い家屋がまだ残っています。榎木大明神ですから榎(えのき)の木があると思いますが、実は、槐(えんじゅ)です。槐(えんじゅ)は、マメ科の落葉高木で、中国が原産。古くから台湾、日本、韓国などで植栽されている樹木です。巳さん(白蛇)を祀っているそうです。
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空堀商店街を通過します。
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とんぼりリバーウォークを歩きます。
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港町リバープレイスを通過して日吉公園に向かいます。
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日吉公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、川口基督教会、大阪中央卸売市場を経由して野田駅まで歩きました。

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京セラドーム大阪を臨みます。
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木津川沿いを歩きます。
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川口基督教会(かわぐちきりすときょうかい)
明治初期に創設された教会で、川口に外国人居留地が設置され、多くの外国人が居住。長崎から大阪にやってきた米国聖公会宣教師が英学講義所の開講と英語での礼拝を始めたそうです。
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大阪中央卸売市場の東側を通過します。
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この後、野田駅まで歩きました。

Niceボタンをクローズさせていただきました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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灘の酒造巡り(兵庫県) [ウォーキング兵庫県]

「灘の酒造巡り」に参加してきました。(20181219)



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年末恒例の灘の酒造巡り、各酒造の試飲も楽しんできました。

当日は曇り、晴れ。気温13.2℃と楽しいウォーキングになりました。

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JR灘駅近くの公園を出発して西郷川河口公園を経由して灘浜緑地まで歩きます。

JR灘駅近くの公園
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摩耶海岸通を歩きます。
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西郷川河口公園
今年は十月桜の花を少しだけ見かけました。
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西求女塚古墳(にしもとめづかこふん)
従来は前方後円墳と考えられてきたが、1985年(昭和60年)以降継続的におこなわれている発掘調査の結果、古墳時代前期では最大級の前方後方墳であったことがわかり、墳丘に葺石をともなっていることが判明したそうです。
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灘浜緑地に向かいます。
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灘浜緑地
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灘浜緑地で早い目の昼食休憩になりました。


昼食休憩の後は酒造巡りのため、グループに別れて時間をずらして出発します。


休憩後、甲南武庫の里を経由して神戸酒心館、白鶴酒造資料館、菊正宗酒造記念館、浜福鶴吟醸工房を経由して住吉駅まで歩きました。


甲南武庫の郷
平成7年の阪神淡路大震災で倒壊した甲南漬本店跡地に作られたコミュニティスペースだそうです。
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処女塚古墳(おとめづかこふん)
築造年代は4世紀前半。1922年(大正11年)3月8日に国の史跡に指定。主に山陰系土器が出土しており石屋川流域に存在する郡家遺跡集落の一部とされている。所在地から西約2000mの位置にある西求女塚古墳、東約1500mの位置にある東求女塚古墳とともに、万葉集や大和物語などに登場する悲恋伝説(菟原処女の伝説)の舞台として知られているそうです。
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神戸酒心館
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福寿の「純米吟醸」はスウェーデン・ストックホルムで開催されるノーベル賞公式行事受賞式に提供されるそうです。
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白鶴酒造資料館
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菊正宗資料館に向かいます。
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菊正宗資料館
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浜福鶴吟醸工房
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今年も浜福鶴吟醸工房の敷地内に日本水仙の花が綺麗に咲いていました。
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各酒蔵で試飲させて頂いた後、ゴールのJR住吉駅まで歩きました。
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Niceボタンをクローズさせていただきました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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厄払い八社めぐり(神戸市) [ウォーキング神戸市]

「厄払い八社めぐり」に参加してきました。(20181215)

神戸八社
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神戸八社
神戸市街地の生田神社の氏子地に「一」から「八」までの番号のついた神社があり、生田神社の裔社と呼ばれていました。八つの社にはそれぞれ、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔鳴尊(すさのおのみこと)が検玉を交換して生まれた三柱の女神と五柱の男神が祭られており、それぞれ一宮は北野村、二宮は生田村ときに葺屋荘全体、三宮は神戸村、四宮は花隈村、五宮は奥平野村、六宮は坂本村、七宮は兵庫津北浜、八宮は坂本村で鎮守として信仰されていました。神功皇后(じんぐうこうごう)が巡拝された時の順に番号がつけられたともいわれています。古来、節分の日にこの八社を巡拝して、厄を払い願いを祈る風習があり、今でも多くの人が八社を巡礼しご朱印を集めているそうです。


神戸の厄払い八社に今年の色々な出来ごとを振り返りながらお参りしてきました。

当日は曇り、晴れ、最高気温10.3℃。途中から晴れ渡り気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所生田神社を出発して、一宮神社、二宮神社、東遊園地公園、三宮神社、四宮神社を経由して諏訪山公園まで歩きます。

集合場所の生田神社

生田神社(いくたじんじゃ)
生田神社は1800年以上の歴史を有する古社。生田の神を守る家、神戸(かんべ)が由来となって神戸という地名が生まれた。生田は元々は活田であり、活き活きとした生命力溢れる場所という意味。近年はアスリートやアーティストの参拝も多く、神戸中心市街地に位置することから訪れる参拝客も多いそうです。
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生田神社を出発します。
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一宮神社(いちのみやじんじゃ)
一宮神社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約の際にお生まれになった三女神の一柱で、福岡県宗像郡沖の島鎮座の宗像大社より歓請されたといわれ、大国主命の后として、御一緒に日本国土開発と経営に協力され、又神功皇后が三韓からの帰途、神験特に著しかったので巡拝された一社で、爾来、生成発展・航海交通安全・厄除の守護神としての御神徳の高い神様だそうです。
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二宮神社(にのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換した誓約の際にお生まれになった五男神の一柱で、天照大御神の御命令で、日本国の農作物がよく出来るように努力された神であり、神功皇后の三韓からの帰途、巡拝された一社で、葺合の荘の総氏神であります。現在、中央区の各所におまつりされている八幡神社は、当社の御分霊神だそうです。
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東遊園地公園に向かいます。
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東遊園地公園に着きました。
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少し休憩後、三宮神社、四宮神社に向かいます。

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三宮神社(さんのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約の際にお生まれになった三女神の一柱で、福岡県宗像郡沖の島に鎮座の宗像大社より観請されたといわれ、神功皇后の三韓からの帰途、巡拝された一社であり、又、寛延年間には尼崎藩主の信仰が篤かった。明治維新早々には、神戸開港の際藩士と外人との突発事件が起こった地で、いわゆる「史蹟・神戸事件発生地」であります。また二宮神社の御兄神と年に一度の御対面をされると伝えられ、古くからそれが神事となっている。爾来、航海交通安全・厄除の守護神として、御神徳の高い神様だそうです。
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四宮神社(よのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約の際にお生まれになった三女神の一柱で、福岡県宗像郡沖の島に鎮座されているが、広島県安芸の宮島に鎮座されている厳島神社より歓請されたとあり、神功皇后三韓からの帰途巡拝され、四の御前といわれている。のち、永禄年間、織田信長の命令で花熊城を築くと、荒木村重より御神宝が捧げられた。又、摂津国芸能神として、芸能人の崇敬篤く、花隈芸者は一度は鑑礼を受けなければならなかったという。いわゆる、花隈芸者育ての守り神といわれている時代もあった。爾来、鬼門鎮護・水商売・厄除の守護神として御神徳の高い神様だそうです。
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諏訪山公園に着きました。
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諏訪山公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、五宮神社、大倉山公園、八宮神社、湊川神社、七宮神社を経由して神戸駅まで歩きました。

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五宮神社(ごのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱です。出雲国能美郡天穂日神社より歓請され、天照大御神の勅を奉じて、出雲国に降り、日本国土開発のてめのお使いとして、国土発展と経営に努力された神様で、神功皇后三韓からの帰途、巡拝された一社であり、厄除・天下奉平・五穀豊豊饒の御神徳の高い神様として知られているそうです。
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大倉山公園
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八宮神社(六宮神社合祀)に着きました。

八宮神社(はちのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱で、神功皇后が三韓からの帰途、巡拝された一社です。  当社は、橘通の、旧県警庁舎の所に鎮座されていたのですが、明治四十二年に旧神戸市役所を当社鎮座地に新築したため、現在の楠町三丁目、大倉山南東の地に移転されました。  素盞鳴尊を御奉祀せられましたのは紀朝臣(きいのあそん)でありました、紀朝臣は後、紀伊国造となり素盞鳴尊と御祀りせられたものと伝えられております。旧八部郡坂本村鎮守として奉斎。厄除守護神として、名高い神様だそうです。

六宮神社(ろくのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱で、神功皇后三韓からの帰途、巡拝をされた一社です。当社は現在の楠寺の前に鎮座されていましたが、明治42年12月に、楠高等小学校の新設により、八宮神社の御社殿に合祀されました。  坂本村に皇別坂本臣紀朝臣(さかもとのおみきいのあそん)が御住みになっておられましたので、坂本臣紀朝臣は武内宿弥の末孫でありますので、御先祖の武内宿弥の御仕えさせられていました応神天皇を御祀りせられたものと伝えられています。出雲系の神様ですから、御一緒に祀られたものと考えられます。厄除の守護神として、古くから厄年の人の参詣が絶えないそうです。
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湊川神社(みなとがわじんじゃ)
湊川神社は楠木正成を祭る神社。地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれているそうです。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社だそうです。
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七宮神社(しちのみやじんじゃ)
当社の御祭神は、七つの御名をもつ神であり、応保三年平清盛が福原遷都と共に、その守護神として尊崇され、又第百七代正親町天皇の天正十年に勅額や御神宝を奉納されており、また、大己貴尊が兵庫の地を開拓されたとして称えられている。生田神社誌によれば天児屋根命は、天照大御神と素盞鳴尊の剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱であるのでごいっしょに奉斎されています。神功皇后が三韓からの帰途、巡拝された一社です。航海安全・土地開発・縁むすび・厄除として得に高い神様だそうです。
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この後、神戸駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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17.東住吉区をあるく(大阪) [ウォーキング大阪24区]

「東住吉区をあるく」に参加してきました。(20181211)

長居公園
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大阪東住吉区の歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は晴れ、曇り、最高気温11.4℃。気持ち良いウォーキングになりました。


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集合場所長居公園を出発して、行基の墓、矢田教育の森公園、阿麻美許曾神社、常栄寺、中臣須牟地神社 を経由して喜連西中央公園まで歩きます。

長居公園を出発します。
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行基の墓を通過します。

行基の墓(ぎょうきのはか)
公園南矢田の共同墓地内にある行基菩薩の墓。有名な生駒竹林寺墓所や往生院火葬場跡は歴史学的に確認できますので、この墓は単なる「供養墓」だと考えられているそうです。
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矢田教育の森公園に着きました。
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暫く休憩後、大和川に架かる行基大橋を渡ります。

この辺りは大和川の南側も大阪市になります。

阿麻美許曾神社(あまみこそじんじゃ)
祭神素盞嗚命(すさのおのみこと)ほか。大和川の南へくい込んだ市域南端にあり、大同年間(806~10)の創建というが不詳。境内地は広く、大樹が多く残る。かつて行基(ぎょうき)がこの地に住み、住民に便宜を与えたと伝えられている。付近の大和川にかかる「行基大橋」の橋名は、この伝えによっているそうです。
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再び、大和川を渡ります。

大和川堤防を歩きます。
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常栄寺(じょうえいじ)
この寺は天正9年(1581年)に浄土真宗の寺院として開基。徳川家康の政策により、本願寺が西本願寺と東本願寺に分裂した1602年に教如が率いる東本願寺に属したそうです。
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中臣須牟地神社(なかとみすむちじんじゃ)
中臣須牢地神社は、延喜式内(えんぎしきない)の古社であるが創建不詳。祭神は須牢地神、住吉三神ほか。中臣氏(藤原鎌足(かまたり)・不比等(ふひと)らがいる)の祖先を祭り、難波において王権のもと、最も古くから行われてきた八十島(やそじま)祭に関係したそうです。
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喜連西中央公園に向かいます。
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喜連西中央公園
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喜連西中央公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、覚林寺、湯里住吉神社、中井神社、天神社旅所碑、京善寺、桑津天神社、榎神社を経由して文の里駅まで歩きました。


覚林寺(かくりんじ)
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湯里住吉神社(ゆざとすみよしじんじゃ)
信長の焼討(1577~1580)や大坂冬の陣(1614)と夏の陣(1615)の兵火に遭い、社殿や社記を全て焼失して、神社由緒がわからなくなったそうです。当社は初めは須牟地神社と呼ばれ、その後、住吉二之宮、湯屋島(湯谷島)住吉との社名を経て、現在は湯里住吉神社と呼ばれているそうです。
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中井神社(なかいじんじゃ)
中井神社は、三代実録(西暦901年)という書物に摂津の国「田辺東神(ひがしかみ)」と記されていて、古くは、ご祭神にちなんで「牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)とよばれていました。その昔、社前に、清水の湧く井戸があり、人々は、「汚れ(けがれ)のない霊水」としてたいせつにしていたので、中野村の井戸の有るところのお社として、明治時代の初めに中井神社と改められたそうです。(中井神社発行の神社暦による) 中井神社の東神に対し西神が山阪神社といわれているそうです。
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今川緑道を歩いて今川公園に向かいます。
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今川公園
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暫く休憩後、榎神社まで歩きます。

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天神社旅所碑を通過します。
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京善寺(きょうぜんじ)
当山の縁起は、古くは「金剛院」と称せられ厄除祈願道場として栄えていたが、1615年(元和元年)大坂夏の陣に合戦の場となり、兵火で寺は焼失したため、詳細は不明とのこと。この時期、寺は荒廃したが、1653年(承応2年)桑津村の篤信者富井部氏などの霊夢に不動明王が出現され、寺の再興を告げられたため、紀州より観弘実誉阿闍梨を招き堂宇を再興、寺号を心王山殊勝院京善寺と改めた。紀州根来寺の不動明王と同木同作(興教大師の作と伝えられる)の不動明王を勧請し本尊とした。以来、「身代り厄除け不動」「くわづ不動」として多くの人々の信仰を集め、現在に至っているそうです。
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桑津天神社(くわづてんじんじゃ)
「日本書記」によると応神天皇(4世紀)の頃、日向の国から美女の誉高い、髪長媛(かみながひめ) を召され桑津の地に住まわせたと記される。媛はのちに仁徳天皇の妃となられた。髪長媛は桑津天神社に奉祀される以前は、明治6年廃寺となった金蓮寺が髪長媛の宮跡であった関係で、境内の八幡宮に奉祀されています。また桑津天神社には少彦名命(すくなひこなのみこと)も祀られているが、これは髪長媛の病気祈願のため医薬の祖神である少彦名命が祀られたとの伝えによっているそうです。
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榎神社(えのきじんじゃ)
現在地に樹齢800有余年を数える榎の大木があり、土地の人々がこの木をご神体として社殿をつくり、年々参詣者も増加したので、昭和27年4月に宗教法人となり、翌28年に拝殿と社務所を新設した極めて新しい由緒の神社だそうです。 
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この後、文の里駅まで歩きました。



ご訪問していただきありがとうございました。




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なにわの旧街道から緑道ウォーク(大阪市) [ウォーキング大阪市]

「なにわの旧街道から緑道ウォーク」に参加してきました。(20181209)

熊野街道道標
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大阪の歴史的な旧街道などを歩いてきました。

当日は曇り、最高気温8.5℃。少し寒かったですが、気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所長居公園を出発して、住吉街道、住吉大社、熊野街道、万代池公園、阿部野神社、紀州街道を経由して聖天山公園まで歩きます。

集合場所の長居公園
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長居公園を出発すると直ぐに住吉街道を歩きます。

住吉街道(すみよしかいどう)
八尾方面からきた街道が分岐する長居(現在の長居交差点付近)から住吉大社の裏門を結ぶ街道。
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住吉大社に着きました。

住吉大社(すみよしたいしゃ)
全国に約2,300社ある住吉神社の総本社。下関の住吉神社、博多の住吉神社とともに日本三大住吉の一社。また、毎年初詣の参拝者の多さでも全国的に有名。四棟の本殿は国宝に指定されているそうです。
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阪堺電車沿いを歩きます。

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万代池公園に着きました。
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ここで、少し休憩になりました。

休憩後、阿部野神社に向かいます。

白い阪堺電車を見かけました。
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阿部野神社に着きました。

阿部野神社(あべのじんじゃ)
阿部野神社は南北朝時代、北畠顕家(あきいえ)と足利軍が戦った古戦場跡地に1882年(明治15年)創建され、北畠親房(ちかふさ)、顕家父子が祀られているそうです。
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紀州街道を歩きます。

紀州街道(きしゅうかいどう)
紀州街道は大阪と和歌山を結ぶ街道。
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聖天山公園に着きました。
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聖天山公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、美章園駅まで歩きました。

聖天山公園を出発します。
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阪堺電車を通過します。

あべのハルカスが見えました。
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松虫交差点を左に曲がります。

熊野街道を歩きます。

熊野街道(くまのかいどう)
熊野街道は大阪天満の八軒家浜を起点として和歌山の熊野三山に至る街道。
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阿倍野交差点を右に曲がります。

あべのハルカスが近くに見えました。
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美章園駅に向かいます。
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美章園駅に着きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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