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大阪城梅林を訪ねて(大阪市) [ウォーキング大阪市]

「大阪城梅林を訪ねて」に参加してきました。(20190306)


大阪城梅林
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大阪の有名な大阪城梅林などを歩いてきました。

当日は晴れ、曇り、最高気温16.9℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所扇町公園を出発して老松通り、南天満公園、天満橋を経由して大阪城梅林まで歩きます。

扇町公園
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扇町公園を出発します。
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老松通りを通過します。

老松通り(おいまつとおり)
西天満を東西に横切る約1kmの間に、古美術商や画廊など約90店舗が連なる通り。もともと、大阪天満宮の表参道として発達し、近世では与力を務めながら陽明学を学んでいた大塩平八郎や、門下に井原西鶴・小西来山を持つ連歌・俳諧師の西山宗因など付近に住み、学問・文化の街として知られた。大正時代には旅館や食堂、映画館などが建ち並び、戦後になって古美術店が増え始めたという。南側に裁判所や法務庁舎があるため、弁護士・司法書士事務所も多く、一帯はどことなくアカデミックな雰囲気を漂わせている。通りでは毎年春と秋に骨董祭りを開催。夏の天神祭には時代衣装をまとった陸渡御が老松町を通り、近隣一帯が人で埋め尽くされるそうです。
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南天満公園に向かいます。
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南天満公園
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天満橋を渡ります。
天満橋のビルを臨みます。
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OBPのビル街を臨みます。
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大阪城大手門を通過します。
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大阪城梅林に着きました。
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大阪城梅林(おおさかじょうばいりん)
大阪城梅林は大阪城の東側の庭園にあり1974年3月に開園。100品種1270本を数える規模。品種の豊富さでは関西随一の梅園だそうです。
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大阪城梅林で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 藤田邸跡公園を経由して桜ノ宮駅まで歩きました。

大阪城御座船(おおさかじょうござぶね)
大阪城のお濠めぐりができる黄金色の御座船が登場!季節ごとに移りゆく景色の中、大阪城の石垣を間近に眺めることができるそうです。
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大阪城京橋口を通過します。
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藤田邸跡公園(ふじたていあとこうえん)
藤田伝三郎男爵の本邸の庭園跡。近松門左衛門の最高傑作「心中天の網島」の場所だそうです。公園の横には藤田美術館と太閤園があります。
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この後、桜ノ宮駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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伊勢本街道をあるく その2(伊勢本街道) [ウォーキング伊勢本街道]

「伊勢本街道をあるく その2」に参加してきました。(20190226)

石切剣箭神社
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花園ラグビー場
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伊勢本街道
江戸時代庶民の間で大流行した伊勢参り(おかげ参り)の道は、上方からの場合、大阪玉造が起点となり、暗越奈良街道、上ツ道、初瀬街道を経て伊勢本街道に入り伊勢神宮内宮までの170km の道のりだそうです。

今回の「伊勢本街道をあるく」は、玉造稲荷神社から伊勢神宮内宮までを分割して2年間で歩きます。1年目は玉造稲荷神社から榛原まで、2年目は榛原から伊勢神宮まで歩きます。最後まで続けられるように頑張りたいと思います。

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「伊勢本街道をあるく」の第2回目は河内永和駅に集合して、花園ラグビー場、石切剣箭神社から枚岡神社まで歩きました。

当日は晴れ、最高気温15.1℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所河内永和駅近くの鴨高田神社を出発して、天神社、三井会所跡、春日若宮神社、八剱神社、吉田春日神社を経由して花園ラグビー場まで歩きます。

河内永和駅近くの鴨高田神社

鴨高田神社(かもたかだじんじゃ))
当社は鴨(賀茂)氏の一族が673年(白鳳2年)に創建したと伝えられる延喜式内社で、祭神に速須佐之男命及び大鴨積命(素盞鳴命の十一世孫で、鴨氏の開祖)を祀ったのが当社の始まりで、中世に入り、岩清水八幡宮領となり、神功皇后、応神天皇を合祀し、「八幡宮」と称される様になった。1615年(元和元年)大坂夏の陣にはこの付近が戦場となり、当社も兵火にかかり、社殿はことごとく烏有に帰したが、後数年を経て、再建されている。 隣接している長栄寺とは掛かり合いが深く、江戸時代の案内書「河内名所図会」には、『長栄寺の鎮守となり、今八幡と称される』とある。1868年(明治元年)の神仏分離後、1872年(明治5年)郷社に列せられた。現在の社殿及び拝殿は1907年(明治14年)の再建だそうです。
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鴨高田神社を出発します。
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天神社(あまつかむやしろ)
旧御厨村の中央に位置し、大名持命、少彦名命の二神をおまつりしています。創建年代は文献が無く解りませんが、延喜式神名帳にみえる意岐部神社がこの神社であるとも伝えられています。古くは御厨神社と呼ばれ、近世以後に現在の社名が使われるようになりました。また、大正4年には新家村の菅原神社と菱屋東の稲荷神社と山科神社、荒本の荒本神社の4社が合祀されました。境内には、市の天然記念物に指定されている「くすの木」があるほか、本殿東側にある小さな四社の殿前の元禄10年(1697)銘の石燈篭や拝殿西側にある高さが3mもある堂々とした八角形大型石燈篭など数々、寛成9年(1797)銘の狛犬、正徳元年銘の手水鉢などの石造物があります。また、枚岡神社から移築された能舞台や村相撲が盛んであったことを示す番付表も保存されています。ところで、御厨という地名は、朝廷にお供えする魚介類を獲るため、平安時代の延喜5年(908)、付近に拡がる湖沼一体を「大江御厨」と定めたことに由来するそうです。
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三井会所跡(みついかいしょあと)
植田家のすぐ東に三井新田会所跡がある。小さな祠は玉岡神社といい会所により管理されていた。新家村の商人・菱屋庄左衛門が新田開発を請負ったので、ここの地名は「菱屋中」となっている。大和川付け替え工事後に開発されたこれらの新田は、享保17年(1732)江戸の三井家の所有となった。三井新田会所跡はこの新田を管理する事務所だったそうです。
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荒本西公園で少し休憩になりました。
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春日若宮神社(かすがわかみやじんじゃ)
神社入口鳥居に架かる注連縄の〆の子の緒に、可愛い飾り結びがあり、境内にはいると、拝殿前に「七大龍王 白龍大神」と書かれた額が架かるご神木が大事に祀られています。荒本の産土神で、御祭神は天押雲根命(天児屋根命の子)ですが、案内が無く、勧請年月・縁起・沿革等は全て不明だそうです。
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八剱神社(やつるぎじんじゃ)
稲荷神社の鎮座していた社地に、後から八劔大明神が奉祀されたそうです。御祭神は宇賀御魂之神(稲荷の祖神)・味耜高彦根之命(八劔大神)。境内は古代大和川河口に島があり、その西側に、応永三年(1396)に稲荷神である宇賀御魂神を勧請して創祀しました。 応永3年(1396)の頃、先住者はこの地で劔を作っていたといわれ、この地にも神社創建請願の声が高まり、文久2年(1862)放出の阿遅速雄神社の味耜高彦根之命を勧請して八剣神社を祭祀したそうです。
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河内花園駅を通過して駅前の商店街を歩きます。
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吉田春日神社(よしだかすがじんじゃ)
奈良の春日大社の御祭神を勧請した御分社。本殿は大阪府の有形文化財に指定。花園ラグビー場に近く、大きなラグビーボールが奉納されている。別称ラグビー神社とも呼ばれており、正月の全国高校ラグビー大会、ジャパントップリーグの開催期間には関係者の参詣が多く、全国唯一のラグビー守袋を扱うそうです。
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花園ラグビー場(はなぞのらぐびーじょう)
東大阪市花園ラグビー場は日本最初のラグビー専用グラウンドで収容人数3万人のスタジアム。全国高等学校ラグビーフットボール大会、ジャパンラグビートップリーグなど数多くの国際試合などが開催され、全国高校ラグビーの聖地であり、2019年ラグビーワールドカップ開催地の一つに決定。
2019年9月22日、9月28日、10月3日の試合の看板が掲示されていました。

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花園ラグビー場で昼食休憩になりました。


休憩後、松原宿跡、石切剣箭神社、額田戎神社を経由して枚岡神社まで歩きました。

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直ぐに、松原宿跡に着きました。

松原宿跡(まつばらじゅくあと)
松原宿は、旧大和川の分流吉田川と恩智川との間に位置し、江戸時代初期に伊勢参りなどで暗越奈良街道を通る旅人の利用を見込み、幕府が街道唯一の宿場として創設したそうです。
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石切剣箭神社に向かいます。

正面の生駒山のふもとにある枚方神社まで歩きます。
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恩智川沿いを歩きます。
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石切剣箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)
石切劔箭神社は「石切さん」と呼ばれ「でんぼ(腫れ物)の神様」として親しまれ、本殿前と神社入り口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に有名だそうです。この日もお百度参りしている人が多くいました。
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石切参道商店街を歩きます。
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額田戎神社(ぬかたえびすじんじゃ)
創建は江戸時代末。祭神はヱビスさん(事代主命)。当社は始め当地の人が毎夜霊感に悩まされて、西宮のヱビス神を勧請したと(夢のお告)云われています。明治5年枚岡神社へ合祀され、後に復社しました。天保15年(1844)村明細帳に夷大明神とあります。明治5年以降、額田戎神社として村人達によりお祭りされています。また、二匹の狛犬は足止の犬として狛犬の足に願い事を書いた白布をしっかりと結びつけて置くと願い事が叶うと言われているそうです。
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枚岡神社に着きました。

枚岡神社(ひらおかじんじゃ)
延喜式の神名帳にものせられ河内の国一の宮を誇る古社。毎年初めにその年の豊作、凶作を小豆粥を使って占う粥占神事が行われ、秋祭りには多くの太鼓台や地車が宮入りし、華やかで勇壮だそうです。
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枚岡駅は目の前にありました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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大阪城梅林と大川散策(大阪) [ウォーキング大阪市]

「大阪城梅林と大川散策」に参加してきました。(20190224)

大阪城梅林
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大阪城、大阪天満宮の梅鑑賞、そして大川沿いを歩いてきました。

当日は曇り、最高気温14.3℃。梅の満開には少し早かったですが、気持ち良いウォーキングになりました。


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集合場所森ノ宮駅近くの大阪城公園を出発して大阪城梅林、大阪天満宮、泉布観、OAPを経由して毛馬桜ノ宮公園まで歩きます。

森ノ宮駅近くの大阪城公園
噴水周りの雰囲気が大分変わっていました。
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集合場所を出発します。
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大阪城梅林に着きました。

大阪城梅林(おおさかじょうばいりん)
大阪城梅林は大阪城の東側の庭園にあり1974年3月に開園。100品種1270本を数える規模。品種の豊富さでは関西随一の梅園だそうです。
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メジロさんを見かけました。
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暫く休憩した後、大阪城、大阪天満宮から毛馬桜ノ宮公園に向かいます。

大阪城を通過します。

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大阪天満宮に向かいます。

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大阪天満宮に着きました。

大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)
菅原道真公が祭られている大阪天満宮は大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれています。 年末年始や受験、梅見のシーズンには、多くの参拝者で賑わい、境内北側の星合池(通称亀の池)周辺の梅林などに合計約100本の梅の木があるそうです。
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梅の花が綺麗に咲いていました。
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泉布観に向かいます。
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泉布観(せんぷかん)
大阪市内に現存する最も古い洋風建築で国の重要文化財にも指定されています。泉布観は造幣寮(現在の造幣局)の応接所として明治4年(1871年)2月に落成。泉布観の「泉布」は「貨幣」、「観」は「館」を意味し、明治天皇が訪問した際に自ら命名されたものだそうです。
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OAPを通過します。

OAP
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毛馬桜ノ宮公園に着きました。
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毛馬桜ノ宮公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 毛馬閘門、天神橋筋商店街を経由して扇町公園まで歩きました。

公園を出発して、大川沿いを歩きます。
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毛馬閘門(けまこうもん)
毛馬閘門は、水面の高さが違う大川などの市内の川と淀川を船が行き来するためにつくられたそうです。写真は旧毛馬第一閘門で重要文化財に指定されているそうです。毛馬閘門は毛馬から大川(旧淀川)を経由して大阪湾に流れる川の制御。一方、淀川大堰は毛馬から西へ流れる淀川の水量の制御をしているそうです。淀川は古くから洪水、治水を繰り返してきた。淀川大堰の完成にはオランダ人ヨハネス・デ・レーケ(1842-1913)助言を受けたそうです。
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この後、天神橋筋商店街を通過して扇町公園、天満駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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白い巨塔_ミナミの帝王ロケ地へ(大阪市) [ウォーキング大阪市]

「白い巨塔_ミナミの帝王ロケ地へ」に参加してきました。(20190221)

白い巨塔ロケ地(北新地本通り)
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映画「白い巨塔、ミナミの帝王」のロケ地などを歩いてきました。

当日は曇り、最高気温10.1℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所大正駅近くの公園を出発して、湊町リバープレイス、道頓堀(ミナミの帝王)、とんぼりリバーウォーク、堺筋を経由して靭公園まで歩きます。

大正駅近くの公園
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公園を出発します。

大正橋を渡ります。
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湊町リバープレイスに向かいます。
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湊町リバープレイスに着きました。
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少し休憩後、とんぼりリバーウォークを歩きます。
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ミナミの帝王
『難波金融伝・ミナミの帝王』は、原作:天王寺大、作画:郷力也による日本の漫画。通称「ミナミの帝王」。これを原作とする竹内力主演の劇場映画作品、千原ジュニア主演のTVドラマシリーズおよび劇場映画作品などがあるそうです。

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(上の写真はネットから引用させていただきました。)

ミナミの帝王ロケ地(道頓堀)
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堺筋を歩きます。
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北御堂を通過します。
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靭公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後は四ツ橋筋、北新地本通り(白い巨塔)を経由して梅田新道まで歩きました。

四ツ橋筋を歩きます。
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北新地本通り(白い巨塔ロケ地)を歩きます。

冒頭の写真のところです。


白い巨塔
山崎豊子の同名小説を、橋本忍が脚色し山本薩夫が監督。主役の田宮二郎はこの作品で人気を得、後にテレビシリーズでも同じ役を演じたそうです。
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(上の写真はネットから引用させていただきました。)


この後、梅田新道まで歩きました。

梅田新道から見た梅田ビル街
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ご訪問していただきありがとうございました。




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古の雅と季節あふれる奈良公園を歩く(奈良市) [ウォーキング奈良市]

「古の雅と季節あふれる奈良公園を歩く」に参加してきました。(20190220)

東大寺
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いにしえの奈良の街並みなどを歩いてきました。

当日は曇り、最高気温15.4℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所奈良駅を出発して、猿沢池、興福寺、東大寺、二月堂を経由して奈良公園まで歩きます。

奈良駅旧駅舎を通過します。
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三条通りを東に向けて歩きます。
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猿沢池に着きました。

猿沢池(さるさわいけ)
奈良公園にある周囲360メートルの池。興福寺五重塔が周囲の柳と一緒に水面に映る風景はとても美しく、奈良八景のひとつになっているそうです。
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少し休憩後、東大寺に向かいます。

興福寺(こうふくじ)
南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院。南都七大寺の一つ。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されているそうです。

五重塔の横を歩きます。
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雰囲気のある街並みを歩きます。
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東大寺に着きました。

東大寺(とうだいじ)
大仏さまで知られる奈良時代の代表的な寺院で大仏殿は世界最大級の木造建築物。天平15年(743)に聖武天皇が盧舎那大仏造立の詔を発令し、その大仏を安置する寺として天平勝宝3年(751)に大仏殿が完成。以降次々と堂塔が建築され40年近くかかって伽藍が整いました。都が長岡へ移ったあとも歴代天皇の手厚い保護を受けて、興福寺とともに栄華を誇りました。しかし、治承4年(1180)平重衡の軍勢によって大仏殿をはじめ伽藍の大半を焼き払われてしまい、重源上人によって再興されましたが、永禄10年(1567)の三好・松永の乱で、わずかな建物を残して再度焼失してしまいます。現在の伽藍の多くは江戸時代に再興されたものだそうです。
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鹿が可愛いかったです。
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二月堂(にがつどう)
奈良時代(8世紀)創建の仏堂。現存する建物は1669年の再建で、日本の国宝に指定されている。奈良の早春の風物詩である「お水取り」の行事が行われる建物として知られる。「お水取り」は正式には修二会といい、8世紀から連綿と継続されている宗教行事である。二月堂は修二会の行事用の建物に特化した特異な空間構成をもち、17世紀の再建ながら、修二会の作法や習俗ともども、中世の雰囲気を色濃く残しているそうです。

長い階段を上がります。
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二月堂の上から見た眺めです。
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奈良公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後は春日大社、志賀直哉旧居、浮見堂を経由して奈良駅まで歩きました。


春日大社(かすがたいしゃ)
全国に約1000社ある春日神社の総本社。武甕槌命が白鹿に乗ってきたとされることから、鹿を神使とする。ユネスコの世界文化遺産に「古都奈良の文化財」の1つとして登録されているそうです。
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志賀直哉旧居に向かいます。
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志賀直哉旧居(しがなおやきゅうきょ)
志賀直哉が昭和4年から9年間住んだ旧居。「暗夜行路」はここで完結しました。近代的で、自然と平和と調和と静を愛した、文人直哉の人間性が偲ばれるそうです。
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浮見堂(うきみどう)
奈良公園・鷺池に浮かぶ檜皮葺き(ひわだぶき)、八角堂形式(六角形)のお堂です。水面に写る姿が美しく、水辺の憩いの場となっています。現在の浮見堂は、旧浮見堂が老朽化したために、平成3年から平成6年にかけての3年間の修復工事によって、その美しさを今によみがえらせたそうです。
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この後、奈良駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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鉢かづき姫の伝説を求めて(大阪府北中部) [ウォーキング大阪府北中部]

「鉢かづき姫の伝説を求めて」に参加してきました。(20190216)


成田山不動尊
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大阪寝屋川の鉢かづき姫の伝説、成田山不動尊などを訪れてきました。

当日は曇り、最高気温13.0℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所星田駅を出発して、伝寝屋長者屋敷跡、西連寺、寝屋川の起点、成田山不動尊を経由して打上川治水緑地まで歩きます。

集合場所の星田駅
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星田駅を出発します。
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伝寝屋長者屋敷跡に着きました。

伝寝屋長者屋敷跡(でんねやちょうじゃやしきあと)
市のマスコットキャラクター「鉢かづきちゃん」は、「鉢かづき姫」のお話にちなんで登場しました。「かづく」という言葉は、「頭にかぶる・頭にのせる」という意味で、鉢かづき姫とは頭に鉢をかぶったお姫様のこと。「鉢かづき」のお話は、『御伽草子』(室町~江戸時代はじめ)という物語集に収められて全国に広がり、江戸時代以降、多くの人々に読まれました。これによく似たお話として『河州交野郡(かしゅうかたのごおり)寝屋長者鉢記(ねやちょうじゃはちき)』という書物が伝わっており、この話では物語の舞台として本市の寝屋が登場します。寝屋地域には「堀ノ内」「今屋敷」など屋敷に関連すると考えられる地名が残っています。この付近には田畑が広がっており、発掘調査はほとんど行われておらず、その実態はよくわかっていないそうです。
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西連寺に向かいます。
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西連寺(さいれんじ)
当山の開祖や創建年代など由緒は明確ではないが、境内の墓地のある宝篋印塔に刻まれた年号には天和、貞享などの年号が刻まれたものが見られ、江戸時代初期には存在していたものと思われる。現在は浄土宗の寺院であるが、もとは守口佐太来迎寺の末であったそうです。
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寝屋川の起点(ねやがわのきてん)
寝屋川市東部の寝屋の丘陵地に発するたち川と北谷川の二本の川が寝屋川市寝屋・太秦・池の瀬町の境、府道18号枚方交野寝屋川線の寝屋交差点に架かる極楽橋のすぐ下で合流する。ここが寝屋川(一級河川)の起点だそうです。
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成田山不動尊に向かいます。
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成田山不動尊(なりたさんふどうそん)
成田山不動尊は千葉県成田市にある成田山新勝寺の大阪別院として昭和9年(1934年)に創建され、交通安全の「お不動尊」として親しまれているそうです。
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打上川治水緑地に向かいます。
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打上川治水緑地で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後は太秦高塚古墳、寝屋川公園を経由して星田駅まで歩きました。

太秦高塚古墳(うずまさたかつかこふん)
秦・太秦の丘陵上に所在する太秦古墳群で、唯一現存する古墳。2001年の発掘調査によって古墳の形状や保存状況が判明、古墳は全長39m、円丘部の直径37m、高さ7mで、2段に築かれているとのこと。1段目の平坦部(テラス)には、円筒埴輪列が巡っていることが確認され古墳の周りには幅約7.5m、深さ2mの濠が残っていた。北西側には、「造り出し」と呼ばれるまつりを行ったと考えられている区画が墳丘に付いていることがわかり人物・水鳥・鶏・家・盾・衣蓋などの形をした埴輪や土器が集中して見つかり、 南側より短甲(よろい) ・鉄鏃(やじり)・鉄斧(おの)・鐙(あぶみ:馬具で足をかける道具)などの副葬品の鉄器がまとまって出土。出土した埴輪や土器などから太秦高塚古墳は5世紀の後半に築かれたと考えられるそうです。
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寝屋川公園
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この後、星田駅まで歩きました。
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24.中央区をあるく(大阪) [ウォーキング大阪24区]

「中央区をあるく」に参加してきました。(20190212)

御津公園(三角公園)_アメリカ村
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大阪中央区の歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は晴れ、最高 気温10.5℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所湊町リバープレイスを出発して、三津寺、御津八幡宮、難波神社、南御堂、坐間神社、サムハラ神社を経由して靭公園まで歩きます。

集合場所の湊町リバープレイス
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道頓堀川沿いのとんぼりリバーウォークを歩きます。
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とんぼりリバーウォークから宗右衛門町を歩きます。

三津寺(みつでら)
真言宗御室派の準別格本山。地元では「みってらさん」「ミナミの観音さん」の通称で親しまれている。摂津国八十八ヶ所第二番霊場、大坂三十三観音札所第三十番札所。本尊は十一面観世音菩薩で秘仏であるが、本尊と同じ姿の石仏が山門を入ってすぐのところに祀られているそうです。
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アメリカ村を通過します。

御津公園(三角公園)(みつこうえん)
関西の若者文化を育てたまち・アメリカ村のランドマークであり、待ち合わせスポットのひとつでもある。戦後、道路敷地のへた地にできた「御津街園」と称されたこの三角スペースは、70年代から脚光を浴びてきた、アメリカ村の発展とともに「三角公園」という呼び名で親しまれている。近年では、若手漫才師らが辺りを闊歩する若者をお客さんに見立て、無償で漫才を披露するのが名物になっている。30年前から公園のまん前に店舗を構え、「網かけマヨネーズ」の元祖となった老舗の「甲賀流のたこ焼き屋さん」もいつも人の列でいっぱい。たこ焼きをつつきながら若手コンビの漫才を聞くのも三角公園ならではのようです。

冒頭の写真のところです。


御津八幡宮(みつはちまんぐう)
御津宮(御津八幡宮)は現在の心斎橋一帯の産土の社。この地は江戸時代初期以来、全国有数の街として発展し、今日ではこの辺り一帯は「ミナミ」と呼ばれ大阪の繁華街を形成しています。境内は約400坪とそう広くはありませんが常時参拝者も多く、今も神社前を東西に伸びる街路は「八幡町通り」と呼ばれ、界隈の人々にとって親しみのある社として現在に至っているそうです。
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四ツ橋を通過します。
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この後、順次、神社仏閣を巡ります。

難波神社(なんばじんじゃ)
創建は5世紀中頃と伝えられていて、彦六座、稲荷文楽座跡としても知られ船場の粋人達が芝居、文楽に興じた場所でもあったそうです。
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南御堂(みなみみどう)
正式名称は東本願寺難波別院。船場商人の信仰の中心とされ、本堂は鎌倉様式の鉄筋建ての建物です。昭和36年に復興されたそうです。
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御堂筋に面している御堂会館は工事中、2019年秋頃竣工予定だそうです。
ネットから引用させていただきました。
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坐間神社(いかすりじんじゃ)
大阪市中心部の船場にある古い神社で、同地の守護神的存在。正式な読み方は「いかすりじんじゃ」、一般には「ざまじんじゃ」と読まれることが多く、地元では「ざまさん」の通称で呼ばれているそうです。
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サムハラ神社(さむはらじんじゃ)
サムハラという言葉の語源はチベットで古くから使われている「シャンバラ」という言葉が元になっているとされ、幸福についての維持や収集、平和といった言葉が秘められている。また特別な気のエネルギーを感じられるとされており、合気道の守護神としても崇められているそうです。
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靭公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、御霊神社、少彦名神社、五代友厚公碑、八軒屋浜、五代友厚銅像を経由して大阪城梅林まで歩きました。


御霊神社(みたまじんじゃ)
当神社は八百年代後半の創建。古来大阪市の船場、中之島、土佐堀、江戸堀、京町堀、阿波堀、阿波座、薩摩堀及び立売堀、長掘の西部、南北堀江の西部等旧摂津国津村郷の産土神として信仰の中心になっていたそうです。
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少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)
祭神は薬・医療・温泉・国土開発・醸造・交易の神であるが、少彦名神社では、薬の神として健康増進、交易の神として商売繁盛の神徳があるとされている。医薬にゆかりのある祭神を祀っていることから、医薬業に携わる会社・関係者などの信仰を集めている。また、病気平癒・健康祈願や医薬業関連の資格試験合格を願う参詣者も多い。近年ではペットの病気平癒・健康祈願に参拝する人も多い。伊勢講から始まった神社でもあるため、伊勢神宮のお札を求める参拝者で正月は賑わうそうです。
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この後、五代友厚さんの銅像などを巡った(後述)後、大阪城梅林まで歩きました。
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大阪城梅林(おおさかじょうばいりん)
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五代友厚さんの銅像めぐり

大阪取引所、光世証券、大阪商工会議所横、大阪企業家ミュージアムの銅像などをめぐりました。

当日は大阪企業家ミュージアム、大阪取引所を巡る「大阪の恩人『五代友厚』スタンプラリー2019」が実施されていました。

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五代友厚(ごだいともあつ)
薩摩藩士の次男として生まれた五代友厚。藩校の造士館や長崎で学び、上海への渡航や薩英戦争を経験した後、1865(慶応元)年から翌年にかけて、薩摩藩の留学生とともにイギリスほかヨーロッパ各国を巡りました。明治維新となった1868(明治元)年、政府の外国事務局判事や大阪府権判事、会計官権判事などに任じられ、大阪に赴任しました。 この時、大阪に造幣寮(現・造幣局)を設立しています。翌年、政府の役人を退官。大阪で実業の世界に入り、以後、鉱山、紡績、製塩、海運、鉄道など数多くの事業に携わったほか、大阪株式取引所(現・大阪取引所)や大阪商法会議所(現・大阪商工会議所、初代会頭)、大阪商業講習所(現・大阪市立大学)などの設立にも関与し、大阪の産業・経済の発展に力を尽しました。この業績から、「東の渋沢栄一、西の五代友厚」とも称されているそうです。

大阪取引所前の五代友厚像
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光世証券の五代友厚像
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大阪商工会議所横の五代友厚像
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大阪企業家ミュージアム
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五代友厚の胸像が設置されています。
撮影禁止のため写真はありません。


ご訪問していただきありがとうございました。



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新京阪神の公園めぐり3_1(大阪市) [ウォーキング大阪市]

「新京阪神の公園めぐり3_1」に参加してきました。(20190210)

大川沿い
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大阪市の大川、淀川沿いの公園などを歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温7.2℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所森ノ宮駅近くの公園を出発して、教育塔、大坂橋、毛馬桜ノ宮公園を経由して 城北公園まで歩きます。

森ノ宮駅近くの公園
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公園を出発して、直ぐに大阪城公園を歩きます。
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教育塔を通過します。

教育塔(きょういくとう)
1934年の室戸台風で殉職した教員や死亡した児童が多数出たため、二度と同じような災害が起きないよう祈願し、1936年に帝国教育会の発案・決議により建設されたそうです。
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大阪府庁を通過します。
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大坂橋から見たOBPビル群です。
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同じく、大坂橋から見た天満橋付近です。
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大川沿いを歩きます。
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対岸にOAPを臨みます。
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毛馬桜ノ宮公園に着きました。
ここで少し休憩になりました。
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休憩後、城北公園に向かいます。

毛馬閘門が見えてきました。
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淀川に着きました。

淀川大堰
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ここからは河川敷及び堤防を歩きます。

赤川鉄橋が見えてきました。


おおさか東線の試運転列車が通過していました。
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おおさか東線(おおさかひがしせん)
旅客輸送を行うため城東貨物線の施設や用地を活用しながら複線化・電化を行い、新大阪駅から大阪東部地域を経て大和路線の久宝寺駅にいたる旅客線を整備するもの。
平成31年3月16日、新大阪から放出までの北区間(11.1㎞)が開業予定。すでに、平成20年3月、放出から久宝寺までの南区間(9.2㎞)が開業しています。
ネットから引用させていただきました。
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城北公園に着きました。
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城北公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後は城北運河を経由して関目高殿駅まで歩きました。
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