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宇治十帖を訪ねて(京都府) [ウォーキング京都府]

「宇治十帖を訪ねて」に参加してきました。(20181103)

宇治橋からの宇治川上流の眺め
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京都宇治を舞台に展開される宇治十帖(源氏物語最後の十帖)を訪れるウォーキングに参加してきました。

当日は晴れ、最高気温20.6℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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宇治十帖(うじじゅうじょう)
紫式部が著した世界的に有名な古典文学・源氏物語は全編54帖からなるが、最後の10帖は宇治を主な舞台にしていることから、通称「宇治十帖」と呼ばれているそうです。
柏木と女三宮の不義の子・薫と、源氏の孫・匂宮が、宇治八の宮の三姉妹・(大君、中君、浮舟)をめぐって織りなす恋物語。つよい仏教色、無常感が作品の主調をなし、優柔不断で恋に対して決定的な強引さを持たない薫の人物造形がライバルである匂宮や第一部、第二部の源氏と対比されている。薫の人物像はこの後の王朝物語、鎌倉物語に強い影響を与えたそうです。(「橋姫」より「夢浮橋」まで。薫20-28歳)

 1.東屋観音・東屋(あずまや)  第五十帖
 2.彼方神社・椎本(しいがもと)  第四十六帖
 3.手習(てならい)  第五十三帖
 4.三室戸・浮舟(うきぶね) 第五十一帖
 5.蜻蛉(かげろう) 第五十二帖
 6.早蕨(さわらび) 第四十八帖
 7.総角(あげまき) 第四十七帖
 8.宿木(やどりぎ) 第四十九帖
 9.橋姫神社・橋姫(はしひめ) 第四十五帖
10.夢浮橋(ゆめのうきはし) 第五十四帖

今回は4.三室戸・浮舟を除く九帖を巡ってきました。


当日は「宇治十帖」の古跡を巡りながら宇治の自然を歩く「宇治十帖スタンプラリー」が催されていました。

【宇治十帖の説明、写真は後半に纏めています】


集合場所宇治駅を出発して、源氏物語ミュージアム、宇治神社、宇治上神社を経由して大吉山展望台まで歩きます。

集合場所宇治駅
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宇治駅を出発して、直ぐに宇治橋を渡り、宇治十帖を巡ります。

宇治橋(うじばし)
大化2年(646)に奈良元興寺の僧道登によって最初に架けられたと伝えられ、「瀬田唐橋」「山崎橋」とともに、日本三古橋のひとつに数えられている。現在の橋は、平成8年(1996)3月に完成したもので、檜製の高欄に青銅製の擬宝珠を冠し、宇治橋が持つ歴史的イメージを残し、周辺の景観にも調和したデザインになっている。上流側に張り出した「三の間」は守護神「橋姫」を祀った名残とか、豊臣秀吉が茶の湯に使う水を汲ませたところともいわれ、そこからの上流の眺めは絶景だそうです。
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東屋観音・東屋を通過します。
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彼方神社・椎本を通過します。
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手習の杜を通過して、源氏物語ミュージアムに向かいます。
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源氏物語ミュージアムに着きました。

源氏物語ミュージアム(げんじものがたりみゅーじあむ)
2018年9月14日、1998年開館以来2度目のリニューアルオープン。源氏物語ミュージアムは、市民や観光客に楽しみながら平安文化を理解してもらおうというもので、特に全国の源氏ファンにとっては見逃せない施設です。館内では「宇治十帖」の世界を分かりやすく紹介するほか、源氏物語に関する文献、史料、小説などのライブラリー機能を持ち、コンピュータによる情報検索もできるそうです。
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紅葉が綺麗でした。
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少し休憩後、大吉山展望台に向かいます。

宇治神社、宇治上神社を通過します。

宇治神社(うじじんじゃ)
正しい道へと導く神の使い「みかえり兎」が御祭神の傍に。宇治の産土神として、地元の人に親しまれる神社。古くは離宮八幡宮と呼ばれました。祭神の菟道稚郎子は幼い頃から聡明で、百済の阿直岐、王仁などを師に迎え、学問を極められたことから、学業、受験、合格の神様として崇められています。本殿は鎌倉時代初期の建築で国の重要文化財に指定されています。他に木造狛犬や白色尉面など貴重な文化財も伝わっているそうです。
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宇治上神社(うじがみじんじゃ)
宇治上神社は現存する日本最古の神社建築を有し、宇治川の東岸、朝日山のふもとに鎮座しています。創建の年は定かにはなっていませんが、延長5年(927年)に編纂された「延喜式」の神名張の中に宇治上神社の存在が確認できることから、それよりも以前に創建されたと推定されているそうです。
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大吉山展望台に登りました。

綺麗な見晴らしでした。
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眼下に平等院が見えました。
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大吉山展望台で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 興聖寺、天ケ瀬吊橋、白虹橋、平等院を経由して宇治駅まで歩きました。

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興聖寺(こうしょうじ)
興聖寺は仏徳山と号する曹洞宗の名刹で道元禅師を開祖としています。1649年、当時の淀城主、永井尚政によって、宇治七茗園の一つの朝日茶園であった現在の場所に再興されました。本堂は伏見城の遺構と伝えられ、その奥に建つ天竺堂には、源氏物語宇治十帖古跡の「手習の杜」に祭られていた「手習観音」が安置されており、春秋に美しい「琴坂」とともに人気の観光ポイントだそうです。
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天ケ瀬吊橋を渡ります。

天ケ瀬吊橋(あまがせつりはし)
天ヶ瀬吊り橋は昭和17年に架設、昭和28年に一度流失、平成8年に全面改修されたものだそうです。
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白虹橋を渡ります。

白虹橋(はっこうばし)
昭和22年竣工の宇治市槇島町~宇治市金井戸に架かる橋。天ヶ瀬ダムが目前です。
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天ケ瀬ダム周辺は工事中でした。

天ヶ瀬ダム(あまがせだむ)
天ヶ瀬ダムは淀川本川筋で最初にできた多目的ダムで、高さ72メートル、長さ254メートルのアーチ式ダムで京セラドーム大阪 約17杯分(2,000万トン)の水を貯めるそうです。
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再び、天ケ瀬吊橋を渡ります。
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平等院に向けて宇治川沿いを歩きます。
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宇治市観光センタを通過します。
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平等院(びょうどういん)
平安時代の後期、1052年に宇治関白藤原頼道(よりみち)が、父道長の別荘を寺院に改めたもの。「鳳凰堂(ほうおうどう)」は、その翌年に阿弥陀堂として建てられ、仏師定朝(じょうちょう)の作になる阿弥陀如来坐像が安置されている中堂と、左右の翼廊、背面の尾廊で成り立っている。大屋根には鳳凰が飾られ、内部は絢爛な宝相華文様や極彩色の扉絵で装飾されています。二重の天蓋や雲中供養菩薩像も必見。平等院鳳凰堂は10円玉にデザインされていることでも有名ですね。
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宇治橋の紫式部像
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この後、宇治駅まで歩きました。




宇治十帖
(ネットから引用させていただきました)

 1.東屋観音・東屋(あずまや)  第五十帖
(薫26歳秋)
浮舟は母の再婚により田舎受領・常陸介の継娘として育てられ、父の財力のために求婚者は多い。しかし母は高貴の男性との婚姻を望んで、彼女を中君の元に預ける。母の意中は薫にあったが、ある夜、匂宮が見つけて強引に契りを結ぼうとしたためにあわてて浮舟を引き取り、後に薫と相談して宇治に移す。

     『さしとむる葎(むぐら)やしげき東屋の
      あまり程ふる雨そそぎかな』

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 2.彼方神社・椎本(しいがもと)  第四十六帖
(薫23歳2月-24歳夏)
春、匂宮は宇治に立寄り、次女・中君と歌の贈答をする。秋、八の宮が薨去。二人の姫君たちは薫に托された。薫は中君と匂宮の結婚を計画し、自らはを大君に想いを告げるが彼女の返答はつれない。しかし薫の慕情はいっそうつのる。

     『たちよらむ蔭(かげ)と頼みし椎が本
      むなしき床(とこ)になりにけるかな』

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 3.手習(てならい)  第五十三帖
(薫27歳3月から28歳夏)
実は浮舟は、横川の僧都によって入水自殺後に助けられていた。やがて健康が回復した彼女はみずからの名を明かさないまま、入道の志を僧都に告げて髪を下ろす。やがて、明石中宮の加持僧である僧都が浮舟のことを彼女に語ったため、このことが薫の知るところとなる。

     『身を投げし涙の川の早き瀬を
      しがらみかけて誰かとどめし』

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 4.三室戸・浮舟(うきぶね) 第五十一
(薫27歳春)
浮舟への執心やまぬ匂宮は、中君への手紙から彼女の居所を察し、薫を装って宇治に赴いて強引に浮舟との関係を結んでしまう。やがて浮舟も宮を憎からず思うようになるが、何も知らない薫は彼女を京に移そうと準備を始め、匂宮もこれに対抗してみずからのもとに彼女を連れ去る計画を立てる。その結果匂宮とのことは薫の知る所となり、裏切りを詰る歌を贈られた浮舟は二人の男のあいだで懊悩する。

     『橘の小島は色もかはらじを
      この浮舟ぞゆくへ知られぬ』

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 5.蜻蛉(かげろう) 第五十二帖
(薫27歳春から秋)
浮舟は行方不明になり、後に残された女房たちは入水自殺を計ったと悟って嘆き悲しみながらも、真相を隠すために急遽葬儀を行う。薫もこのことを知って悲嘆にくれる。夏になって、薫は新たに妻の姉・女一宮に心惹かれるものを感じるのであった。

     『ありと見て手には取られず見れば又
      ゆくへも知らず消えし蜻蛉』

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 6.早蕨(さわらび) 第四十八帖
(薫25歳春)
翌年、大君の喪が明けて中君は匂宮の元に引き取られる。薫は後見として彼女のために尽くすが、それがかえって匂宮に疑われる始末であった。

     『この春はたれにか見せむ亡き人の
      かたみにつめる峰の早蕨』

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 7.総角(あげまき) 第四十七帖
(薫24歳8月から年末)
薫は再び大君に語らうが想いは受け入れられず、むしろ大君は中君と薫の結婚を望む。秋の終わり、大君により中君と薫が一つ閨に取り残されるが、薫は彼女に手を触れようとしない。やがて当初の計画通りに薫は匂宮と中君の結婚を果たすが、匂宮の訪れは途絶えがちで、これを恨んだ大君は病に臥し、遂には薫の腕のなかではかなくなる。

     『総角に長き契りを結びこめ
      おなじ所によりもあはなむ』

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 8.宿木(やどりぎ) 第四十九帖
(薫24歳春-26歳4月)
匂宮と夕霧の娘・六の君が結婚し、懐妊中の中君は行末を不安に思う。それを慰めるうちに彼女に恋情を抱き始めた薫に中君は当惑するが、無事男子を出産して安定した地位を得る。一方で薫は今上帝の皇女・女二宮と結婚するが傷心は癒されない。しかし初瀬詣の折に、故大君に生き写しである中君の異母妹・浮舟を垣間見て、心を動かされるのだった。

     『宿りきと思い出でずば木(こ)のもとの
      旅寝もいかに寂しからまし』

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 9.橋姫神社・橋姫(はしひめ) 第四十五帖
(薫20-22歳10月)
源氏の弟・八の宮は二人の娘とともに宇治に隠棲し、仏道三昧の生活を送る。みずからの出生に悩む薫は八の宮の生き方を理想としてしばしば邸を訪れるうちに、ふとしたことから長女・大君に深く心を引かれるようになる。都に戻って薫が宇治の有様を語ると、匂宮もこれに興味をそそられるのであった。

     『橋姫の心をくみて高瀬さす
      棹のしづくに袖ぞぬれぬる』

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10.夢浮橋(ゆめのうきはし) 第五十四帖
(薫28歳夏)
薫は横川に赴き、浮舟に対面を求めるが僧都に断られ、浮舟の弟・小君に還俗を求める手紙を託す。しかし浮舟は一切を拒んで仏道に専心することのみを思い、返事すらもない。薫は浮舟に心を残しつつ横川を去るのであった。

     『法(のり)の師とたづぬる道をしるべにして
      思はぬ山に踏み惑うかな』

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ご訪問していただきありがとうございました。




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水の路古都から水都1(京都) [ウォーキング京都府]

「水の路古都から水都1」に参加してきました。(20180120)

伏見稲荷大社
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古都京都から水都大阪へ続く歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温11.7℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所伏見稲荷駅近くの公園を出発して伏見稲荷大社、琵琶湖疎水、藤森神社、源光院、大黒寺、金札宮、寺田屋を経由して伏見港公園まで歩きます。

伏見稲荷駅近くの公園を出発すると直ぐに伏見稲荷大社に着きました。

伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)そうです。外国人に人気の観光スポット4年連続第一位だそうです。
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琵琶湖疎水沿いを歩きます。
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藤森神社(ふじのもりじんじゃ)
藤森神社は平安遷都以前から祀られている古い社、駈馬、紫陽花でも有名だそうです。
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藤森神社で少し休憩した後、寺田屋などを通り伏見港公園に向かいます。

源光院(げんこういん)
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大黒寺(だいこくじ)
円通山と号し、空海(弘法大師)の開基と伝える真言宗東寺派の寺で、もとは長福寺といった。豊臣秀吉が深くこの寺を信奉したのをはじめ、武家の信仰が深かったが、元和元年(1615)伏見奉行山口駿河守(するがのかみ)は、薩摩藩主島津家久の命をうけて、この寺を武運長久の祈願所に定め、寺名を大黒寺と改めたという。本尊聖観音立像と出世大黒天立像は空海が当寺を創立したとき安置したものと伝えている。幕末に西郷隆盛などの志士が国事を論じたという一室があるほか、明治維新志士の遺墨等を所蔵する。境内には、西郷隆盛が建てたという有馬新七ら寺田屋殉難九烈士の墓碑をはじめ、伏見義民の文珠九助(もんじゅうきゅうすけ)、木曽川治水工事の犠牲となった薩摩藩家老平田靭負(ゆきえ)の墓があるそうです。
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金札宮(きんさつぐう)
京都伏見の当社・金札宮は、伏見で最も古い神社のひとつで祭祀を司る霊験あらたかな天太玉命(白菊翁・白菊大明神)を祀りまた観阿弥の謡曲「金札」や、ご神木で京都市指定天然記念物のクロガネモチの木でも知られ開運と幸運を呼ぶ神社として永く人々の尊崇を集めているそうです。
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寺田屋(てらだや)
三十石舟が大阪と伏見を往来していた江戸時代に賑わった船宿。坂本龍馬が妻お龍との出会い、襲撃事件の舞台として有名なところだそうです。
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伏見港公園に着きました。
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伏見港公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 横大路運動公園、與杼神社、凉森神社、さくらであい館を経由して八幡市駅駅まで歩きました。
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宇治川沿いを歩きます。
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横大路運動公園に着きました。
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與杼神社(よど じんじゃ)
淀城跡公園内にある與杼神社(よど じんじゃ)は、与杼神社とも記される。また、淀姫(よどひめ)社、旧社地に因み水垂(みずたれ)社、大荒木(おおあらき)神社ともいわれた。境内は4437㎡あり、淀城跡公園と共に風致地区に指定されている。周辺の淀、納所(のうしょ)、水垂、大下津(おおしもず)の産土神として祀られてきた。 祭神は、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、速秋津姫命(はやあきつひめのみこと)の三柱だそうです。
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淀城跡
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凉森神社(すずしのもりじんじゃ)
淀美豆町(よどみずちょう)の産土神。祭神は、白鬚大神(しらひげおおかみ、猿田彦神)、神速須佐之男命(かんはやすさのおのみこと )、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)、事代主大神(ことしろぬしのおおかみ)、菅原道眞(すがわらのみちざね)。相殿に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、豊受大神(とようけのおおかみ)、天宇受賣命(あめのうずめ)、第16代・仁徳天皇(にんとくてんのう)を祀るそうです。
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さくらであい館に向かいます

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さくらであい館
さくらであい館は、平成29年春にオープン。宇治川・木津川・桂川が合流する三川合流地域の地域間交流や地域振興、観光周遊の拠点として人・物・情報が出会う活気あふれるスペースだそうです。
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この後、八幡市駅まで歩きました。

Niceボタンをクローズさせていただきました。

ご訪問していただきありがとうございました。





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長岡天満宮から石清水八幡宮ウォーク(京都) [ウォーキング京都府]

「長岡天満宮から石清水八幡宮ウォーク」に参加してきました。(20171119)

長岡天満宮
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京都長岡天満宮から岩清水八幡宮の街並みを訪れてきました。

当日は晴れ、最高気温12.0℃。少し寒かったですが、気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所長居公園を長岡京駅、長岡天満宮、調子八角交差点、さくらであい館を経由して、石清水八幡宮まで歩きます。

長岡京駅を出発します。
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長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)
ご祭神は学問の神様として有名な菅原道真公。道真公が太宰府へ左遷される途中、かつて在原業平らと共に詩歌管弦を楽しんだこの地に立ち寄り、都を振り返って名残を惜しんだ事から「見返り天神」とも呼ばれていて、太宰府にお供した3人が別れ際に戴いた道真公自作の木像をご神体として祀ったのが長岡天満宮のはじまりと云われているそうです。
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調子八角に向かいます。

調子八角交差点
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少し休憩後、さくらであい館、石清水八幡宮に向かいます。

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さくらであい館(さくらであいかん)
さくらであい館は、平成29年春にオープン。宇治川・木津川・桂川が合流する三川合流地域の地域間交流や地域振興、観光周遊の拠点として人・物・情報が出会う活気あふれるスペースだそうです。
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展望台からの景色です。
西側。桜の時期は素晴らしいそうです。
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南側。先に見える男山に登ります。
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男山に登ります。
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石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)
男山(標高143m)山上に鎮座する神社で伊勢神宮(三重)・賀茂神社(京都)とともに日本三社の一社、また、宇佐神宮(大分)・鶴岡八幡宮(神奈川)と共に日本三大八幡宮の一社だそうです。9月15日に行われる石清水祭は葵祭(京都)、春日祭(奈良)と共に三大勅祭の一つに数えられているそうです。
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紅葉が綺麗でした。
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展望台からの見晴らしです。
さくらであい館も見えました。
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石清水八幡宮で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、ひだまりルート、飛行神社、淀城址公園、勝龍寺城公園を経由して長岡京駅まで歩きました。

ひだまりルート
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ひだまりルートを降りると再び北へ折り返します。
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飛行神社(ひこうじんじゃ)
日本航空界の先駆者である二宮忠八が航空殉難者の霊を祀るために建設した神社だそうです。
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淀城址公園に向かいます。


淀城址公園(よどじょうあとこうえん)
戦国期の城は現城跡より北の納所に築城。のち豊臣秀吉が淀君の産所として修築したが伏見城の築城で廃城。その後、1623年(元和9)松平定綱が現位置に築く。明治維新後破却。本丸石垣・内濠の一部が残り往時の名残をとどめているそうです。
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淀城址公園に隣接して与杼神社がありました。

与杼神社(よどじんじゃ)
豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、高皇産霊神(たかみおすびのかみ)、速秋津姫命(はやあきつひめのみこと)を祀り、古くは、淀姫(よどひめ)社、又は水垂(みずたれ)社とも呼ばれていた。  社伝によれば、応和年間(961~64)、僧千観内供(せんかんないぐ)が、肥前国(佐賀県)河上村の淀大明神を勧請したことに始まると伝えられている。当初、水垂町に祀られ、桂川の水上運輸の守護神として人々から崇敬されていたが、明治33年(1900)に淀川改修工事のためここに移された。  境内には、本殿、拝殿、神輿庫(みこしぐら)をはじめ、日大臣(ひだいじん)社、長姫(ながひめ)社、川上社、豊丸社などの各社殿が建てられている。中でも拝殿は、慶長12年(1607)に建造されたもので、国の重要文化財に指定されている。  毎年11月に行われる例祭は、「淀祭」と呼ばれ、多くの人々で賑うそうです。
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少し休憩後、勝龍寺城公園に向かいます。
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勝龍寺城公園(しょうりゅうじじょうこうえん)
勝竜寺城公園は歴史に触れ、やすらぎを感じる公園。その昔、勝竜寺城は勝龍寺城として、細川ガラシャが結婚したり、天王山の戦いの舞台となったり歴史的なところだそうです。
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細川忠興と細川ガラシャの像
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この後、長岡京駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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聖なる高台 西山古道(京都) [ウォーキング京都府]

「聖なる高台 西山古道」に参加してきました。(20171003)

西山古道
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京都の西山古道、西山三寺の一つである楊谷寺などを訪れてきました。

当日は晴れ、27.4℃。蒸し暑かったですが、気持の良いウォーキングになりました。

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集合場所長岡天神駅を出発して長岡天満宮、西代里山公園、西山古道を経由して楊谷寺まで歩きます。

長岡天神駅を出発します。
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直ぐに長岡天満宮に着きました。

長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)
ご祭神は学問の神様として有名な菅原道真公。道真公が太宰府へ左遷される途中、かつて在原業平らと共に詩歌管弦を楽しんだこの地に立ち寄り、都を振り返って名残を惜しんだ事から「見返り天神」とも呼ばれていて、太宰府にお供した3人が別れ際に戴いた道真公自作の木像をご神体として祀ったのが長岡天満宮のはじまりと云われているそうです。
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本殿はお参りしないで西代里山公園に向かいます。
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西代里山公園(にしんだいさとやまこうえん)
西代里山公園は広さ約2haの公園。整備前は水田を中心とした里山風景でしたが、京都府北部と南部を結ぶ京都縦貫自動車道の整備にあたり、掘削土砂の置場として盛土され、そこで、乙訓地域自生の植栽を生育し、ゲンジホタルが飛び交う育成環境を整備することにより西山と一体となった里山公園として、また、京都縦貫自動車道の整備によって生まれる新しい空間に、人々が集い、憩い、楽しむことができる都市公園として整備したそうです。
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近くにコスモスが咲いていました。
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西山古道を歩きます。

西山古道(にしやまこどう)
西山古道は西山三寺の善峯寺、柳谷寺、光明寺を結ぶ約12KMの道で昔は信仰の道として利用されてきたそうです。
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細い橋を渡ります。
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古道脇に倒木を見かけました。
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木製の橋を渡ります。
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結構、怖い感じを受けました。
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楊谷寺近くの広場に着きました。
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楊谷寺(ようこくじ)
柳谷観音は806年(大同元年)平安時代、清水寺を開山された第一世延鎮僧都により開創されました。延鎮僧都は 『西山にて生身の観音様に出会うことができる』 という夢のお告げにより、清水寺からこの西山に入り、柳(楊)生い茂る渓谷の岩上に生身の観音様を見つけられました。その観音様が、古来より眼病に霊験あらたかな十一面千手千眼観世音菩薩だったということです。十一面千手千眼観世音菩薩は十一の顔と千の手。更にその千の手のひとつひとつに眼を持つとされています。あらゆる方向のあらゆる人を見失うことなく救済できる力を持った、とても徳の高い観音様です。 延鎮僧都は喜び、その場所に堂宇を建て観音様をお祀りし、『楊谷寺』としました。 楊谷寺は『柳谷観音』として親しまれ、眼病平癒の祈願所として天皇家公家の方々を初め、人々の厚い信仰により支えられてきました。 その信仰と伝統は1200年経った今も変わらずここに息づいています。また、柳谷観音・楊谷寺は「京都・西山三山(楊谷寺、善峯寺、光明寺)」の一つだそうです。
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ここで、昼食休憩になりました。


休憩後、長岡天神駅まで歩きました。

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京都縦貫自動車道をくぐり抜けると長岡天神駅までもう少しです。
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京都縦貫自動車道沿い下の道を歩きます
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この後、長岡天神駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。



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木津川流れ橋(京都) [ウォーキング京都府]

「木津川流れ橋」に参加してきました。(20170528)

流れ橋
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京都八幡市にある修復後の流れ橋(上津屋橋)、石清水八幡宮などを巡ってきました。

当日は晴れ、26.1℃、少し汗ばむ感じでしたが気持の良いウォーキングになりました。

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集合場所八幡市駅近くの公園を出発して石清水八幡宮、松花堂、内神社を経由して八幡市民スポーツ公園まで歩きます。

八幡市駅近くの公園
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石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)
男山(標高143m)山上に鎮座する神社で伊勢神宮(三重)・賀茂神社(京都)とともに日本三社の一社、また、宇佐神宮(大分)・鶴岡八幡宮(神奈川)と共に日本三大八幡宮の一社だそうです。
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男山に登ります。
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石清水八幡宮
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この後、ひだまりルートに沿って男山を下ります。
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男山から降りたところです。
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松花堂に向かいます。

松花堂(しょうかどう)
江戸時代初期の僧侶(石清水八幡宮の社僧)で文化人であった松花堂昭乗がその晩年の寛永14年(1637年)に構えた草庵の名称である。現在の京都府八幡市、石清水八幡宮のある男山の東麓に泉坊という宿坊があり、その中にこの草庵があったそうです。
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ここで少し休憩した後、内神社を経由して八幡市民スポーツセンタに向かいます。

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内神社(うちじんじゃ)
社伝では、山城内臣の死後に祀ったのが創建とされる。相殿に祀られる味師内宿禰は、山城内臣の祖神として後に合祀されたと考えられている[1]。山城内臣の詳細は不明で、人名ではなく氏族名とも考えられ、『新撰姓氏録』には「大和国 内臣 孝元天皇皇子彦太忍信命之後也」という氏族としての内臣の記載がある。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では山城国綴喜郡に「内神社二座」と記載され、式内社に列している。中世には「春日宗像神社」と称されていた。『神社明細帳』によると、室町時代に大永の戦乱に遭い、天正年間に現在地に遷座されたという。旧社地は当社南東にあり、現在も「内里古宮」という字として残っている。平成13年10月から14年9月まで「内里区造営事業」として、現在の本殿及び境内が整備されたそうです。
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八幡市民スポーツ公園
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ここで、昼食休憩になりました。



昼食休憩後、流れ橋(上津屋橋)、さくらであい館を経由して八幡市駅まで歩きました。


流れ橋(上津屋橋)(こうづやばし)
京都府久世郡久御山町と八幡市を結ぶ、木津川に架けられた全長356メートルの木造橋。川が増水すると橋桁が流される構造を持つ流れ橋であることから、流れ橋(ながればし)、あるいは木津川流れ橋(きづがわ ながればし)八幡流れ橋(やわた ながればし)などと呼ばれることもある。
時代劇のロケ地としても有名だそうです。
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以前(2013年1月27日)に訪れた時は台風(2012年10月)の影響で木津川が増水し、流れ橋(上津屋橋)の橋板が流されていました。(当時の写真)
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この後、木津川沿いに「さくらであい館」まで歩きます。

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さくらであい館(さくらであいかん)
木津川、宇治川、桂川が出会う三川合流地点にほど近い桜の名所、背割堤に新しいランドマークとして平成29年3月25日にオープンしたそうです。
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今回は展望台(地上約25m)に登ってみました。

西側、南側の景色です。
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東側、北側の景色です。
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桜が満開の時期に再度訪れてみたいと思いました。


この後、八幡市駅まで歩きました。



ご訪問していただきありがとうございました。




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小倉百人一首のゆかりの地を訪ねて_その1(京都) [ウォーキング京都府]

「小倉百人一首のゆかりの地を訪ねて_その1」に参加してきました。(20170119)

小倉山荘に向かう途中
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京都の小倉百人一首のゆかりの地の一部を訪ねてきました。

当日は晴れ、曇り、最高気温10℃、少し寒かったですが気持ち良いウォーキングになりました。
西山公園付近では雪が少し残っていました。


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集合場所JR向日町駅近くの公園を出発して福田寺、泉福寺、長岡京跡、向日神社、小倉山荘、光明寺を経由して西山公園まで歩きます。

福田寺(ふくでんじ)
安産と雨乞い祈願のお寺。西山浄土宗の寺で、山号は迎錫山福田寺。今から1300年前の養老2年(718)行基菩薩の開基で福田寺縁起書には、元正天皇(718)代に行基菩薩が夢のお告げによりこの地で「地蔵釈迦」のニ尊を刻み、精舎を建立し「福田寺」と号したという。創建当時は八町四方に七堂伽藍を有していた。
歴代住職のうち、平安時代末期には百人一首の詠み人で有名な歌人、俊恵法師がいる。俊恵法師は平安時代の歌人として、数多くの和歌を残している。歌の同好の友を集め文学結社「歌林苑」を形成、自らそのリーダーとして月例会などを催したという。歌友には、有名な源三位頼政、鴨長明などの名もあるそうです。
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俊恵法師の歌碑
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泉福寺(せんぷくじ)
創建、変遷の詳細は不明。平安時代、794年、第50代・桓武天皇が長岡京より平安京へ遷幸の折りに、雷雨に遭遇した。松の木蔭に雨宿りし、観音経を読誦したところ雷雨がおさまる。その松で不空羂索観世音菩薩を刻み、一宇を建て奉安したことに始まるといわれているそうです。
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長岡京跡(ながおかきょうあと)
長岡京は、桓武天皇(かんむてんのう)によって造営された都で、784年(延暦3年)11月11日に奈良の平城京から遷都(せんと)されました。都の範囲は、現在の長岡京市、向日市、大山崎町および京都市の三市一町にまたがっており、東西4.3キロメートル、南北5.2キロメートルにおよぶそうです。
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向日神社(むこうじんじゃ)
「明神(みょうじん)さん」の名で親しまれている養老2年(西暦718年)創建の古社。應永25年(西暦1418年)に建造された本殿は、室町時代の三間社流造(さんげんしゃながれづくり)という建築様式で国の重要文化財に指定されているそうです。
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元稲荷古墳(もといなりこふん)
向日神社北側の勝山公園内にあり、古墳時代前期(4世紀初頭)の全長約94mの前方後方墳。出土品には、刀剣類、斧、土師器の壺があり、また、埴輪の原型となる特殊壺形土器や特殊円筒埴輪も前方部から出土。周辺には、弥生時代の高地性集落と考えられる北山遺跡があるそうです。
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小倉山荘
京都せんべい おかき専門店の本店(竹生の郷)
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店の前に紀貫之の歌碑がありました。
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光明寺に向かいます。

光明寺(こうみょうじ)
西山浄土宗の総本山光明寺は長岡京市西山のふもと粟生広谷。宗祖円光大師法然上人が御歳43歳の時、日本で最初に念仏の産声を上げられた立教開宗の地だそうです。見事な紅葉も有名です。
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西山公園
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西山公園で昼食休憩になりました。

昼食休憩後、長岡天神を経由してJR長岡京駅まで歩きました。

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少し雪が残っていました。
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長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)
ご祭神は学問の神様として有名な菅原道真公。道真公が太宰府へ左遷される途中、かつて在原業平らと共に詩歌管弦を楽しんだこの地に立ち寄り、都を振り返って名残を惜しんだ事から「見返り天神」とも呼ばれていて、太宰府にお供した3人が別れ際に戴いた道真公自作の木像をご神体として祀ったのが長岡天満宮のはじまりと云われているそうです。
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菅公御歌の歌碑がありました。
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この後、長岡京駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。



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竹の里と長岡天満宮ウォーク(京都) [ウォーキング京都府]

「竹の里と長岡天満宮ウォーク」に参加してきました。(20160724)

竹林道
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京都洛西の景観を色濃く残し、奇竹銘竹を集めた竹林公園から竹の径を巡り、後半は竹林道、光明寺、長岡天満宮を歩いてきました。

当日は曇り、晴れ、暑かったですが気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所JR向日町駅近くの公園を出発して竹の径、竹の資料館、寺戸大塚古墳、向日市役所をを経由して向日神社まで歩きます。

JR向日町駅
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物集女交番
物集女は「もずめ」と呼ぶそうです。ユニークな感じの交番でした
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竹の径に向かって歩きます。
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竹の径(たけのみち)
「竹の径」は、向日市の特産品である良質の筍を生産している西ノ岡丘陵にあり、付近一帯の景観保全等の環境整備を進めるとともに新たな観光資源を創造することを目的に、平成12年度から整備を始め、現在総延長は約1,800メートル。道の両脇に立つ竹垣には、竹の枝を約1.5メートルの高さで束ねて並べた「竹穂垣」を始め、「古墳垣」「寺戸垣」「物集女垣」「かぐや垣」「来迎寺垣」「深田垣」「海道垣」と計8種類によって構成されていて、全国歩きたくなる道500選にも選ばれているそうです。
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竹林公園
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竹の資料館(たけのしりょうかん)
茶筅や尺八など竹に関する資料が数多く展示されている他、竹製品の展示即売もしている。世界でも珍しい生態園には亀甲竹、孟宗竹など約110種の竹・笹が集められているそうです。
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ここで、休憩になりました。再び竹の径を歩きます。

寺戸大塚古墳(てらどおおつかこふん)
古墳時代前期(4世紀)の全長約94メートルの前方後円墳で、後円部は直径54m、高さ約10mの大きさ。発掘調査により三角縁神獣鏡のほか多くの鏡が出土したそうです。
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キバナコスモスが咲いていました。
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向日市役所の近くの競輪場の横を歩きます。
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向日神社(むこうじんじゃ)
向日町北山にあり、社伝によると奈良時代・養老2年(718)の創建と伝えられています。また、『延喜式』(927年成立)の神名帳に「向神社」と記載されており、本殿は、應永25年(1418)に建造されたもので、室町時代の建築様式の『三間社流造』といい、国の重要文化財にも指定されています。同神社所有の「紙本墨書『日本書紀』神代紀下巻」も重要文化財に指定されているそうです。
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向日神社で昼食休憩になりました。


休憩後は竹林道、光明寺、長岡天満宮を経由してJR長岡京駅まで歩きました


竹林道を歩きます。
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光明寺(こうみょうじ)
西山浄土宗の総本山光明寺は長岡京市西山のふもと粟生広谷。宗祖円光大師法然上人が御歳43歳の時、日本で最初に念仏の産声を上げられた立教開宗の地だそうです。
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長岡天満宮の近くの田園風景
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長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)
ご祭神は学問の神様として有名な菅原道真公。道真公が太宰府へ左遷される途中、かつて在原業平らと共に詩歌管弦を楽しんだこの地に立ち寄り、都を振り返って名残を惜しんだ事から「見返り天神」とも呼ばれていて、太宰府にお供した3人が別れ際に戴いた道真公自作の木像をご神体として祀ったのが長岡天満宮のはじまりと云われているそうです。
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長岡天満宮で少し休憩した後、ゴールに歩きました。


当日は竹の径、竹林道などを歩きましたが、とても暑かったです。




前々回および前回記事はNiceボタンをクローズしていますが、合わせてみて頂けると嬉しいです。



ご訪問していただきありがとうございました。



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新緑の山背古道ウォーク(京都) [ウォーキング京都府]

新緑の山背古道ウォークに参加してきました。(20150524)

当日は素晴らしい天気。山背古道を歩いてきました。
山背古道(やましろこどう)は京都と奈良の間、南山城の山際をゆるやかにうねりながら続いている一本の小径。古墳や、古くからのまちや、人々の話し声、そして、なつかしい風景と出会える道。先人たちが抱いたこの地域への愛情や、土地の魅力が伝わってくる道だそうです。

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水度神社(みとじんじゃ)
京都府城陽市寺田水度坂に鎮座する神社。鴻ノ巣山のふもとにある。『山城国風土記』逸文に、「久世の郡水渡の社祗社」とあることから、風土記が編纂された奈良時代には存在したと考えられるそうです。
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鴻の巣山散策道の展望台から
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城陽総合運動公園
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城陽総合運動公園休憩後
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森山遺跡
縄文時代と古墳時代の集落遺跡だそうです。
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天満神社
創建年代は不明であるが、社殿の一番古い棟札が慶長11年(1606年)であることから、それより以前に創建されたと考えられるそうです。
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谷川ホタル公園周辺
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山吹ふれあいセンターまでの急な登り坂道を登りきったところ、風が爽やかでした。
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山吹ふれあいセンターでの昼食休憩後、ゴールの玉水駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。



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五里五里の里(京都) [ウォーキング京都府]

「五里五里の里」ウォーキングに参加してきました。(20150411)

鴻の巣山に咲いていたツツジ
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「五里五里の里」
京都府城陽市が、京都から五里、奈良から五里の位置にあることから、五里五里の里と呼ばれているそうです。


集合場所のJR城陽駅です。。
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水度神社
京都府城陽市寺田水度坂に鎮座する神社。鴻ノ巣山のふもと。『山城国風土記』逸文に、「久世の郡水渡の社祗社」とあることから、風土記が編纂された奈良時代には存在したと考えられるそうです。
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鴻の巣山の展望台からの景色です。
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サンガタウン
プロサッカー(京都パープルサンガー)の練習場
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山城総合運動公園
ここで昼食休憩でした。
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縣神社
京都府宇治市にある神社。平等院の北にある橋姫神社の縁切りの神に対し、南に位置し縁結びの神。毎年6月5日の深夜から行われる縣祭は、暗夜の奇祭として有名だそうです。
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宇治川沿いに天ヶ瀬吊橋まで歩きます。
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天ヶ瀬吊橋
宇治橋より宇治川沿いに上流へ約2km、天ヶ瀬ダムの下流にあます。宇治川の両岸の道は東海自然歩道になっていました。
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ダムが放流している影響でしょうか、宇治川の水の流れが急に思いました。
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平等院
京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院。平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、古都京都の文化財として世界遺産に登録されているそうです。十円硬貨の表側にデザインされている平等院です。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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世界遺産から東海自然歩道森林浴ウォーク(京都) [ウォーキング京都府]

初めまして、今回新たにサブブログ「とんぼちゃんの散歩路」を開設しました。

昨年3月に足を痛めてから、自粛していたウォーキングも今年5月以降は週一回程度のペースで10-15km位に参加しています。まだ、以前のペースに戻らないですが、徐々にウォーキングの距離、回数を伸ばしています。そのウォーキングの記録を「とんぼちゃんのウォークぶらぶら日記」に掲載していないことが増えてきたので、当サブブログ「とんぼちゃんの散歩路」に綴っていきたいと思っています。いつまで続けられるか不安がいっぱいですが・・・(^O^)


「世界遺産から東海自然歩道森林浴ウォーク」に参加してきました。(20141022)

平等院
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集合場所のJR宇治駅から京阪宇治駅方面に歩くと直ぐに宇治橋があります。
宇治橋から宇治川上流を見たところです。
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宇治橋から南の方に少し歩いたところにある宇治上神社です。
1994年に金閣寺や銀閣寺、平等院や二条城などとともに世界遺産に登録されたそうです。
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宇治上神社の横から仏徳山の展望台、頂上に登ります。
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展望台から見た平等院、宇治市の街並みです。
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仏徳山(標高131m)の頂上です。
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仏徳山頂上から下り、東海自然歩道を歩きます。
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暫く歩くと山道から自動車道に出てきました。ここから天ヶ瀬ダム方面に歩きます。
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白虹橋近くから見た天ケ瀬ダムです。
天ケ瀬ダムは国土交通省所有の多目的ダム。琵琶湖を上流として淀川本川中流部の宇治川に建設されたダム(高さ73.0メートルのアーチ式コンクリートダム)だそうです。
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天ヶ瀬吊り橋
天ヶ瀬ダムの下流約700メートルのところにかかる吊り橋。歩道部や欄干も木製の本格的な吊り橋だそうです。
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ここで昼食をいただきました。


あじろぎの道からの景色
観光の船を見かけました。シーズンであれば鵜飼見学でいっぱいになるのでしょうね。
「あじろぎの道」は、宇治川の流れを見ながらそぞろ歩きのできる源氏物語散策の道。「あじろぎ(網代木)」は宇治川の伝統的な漁法の「網代(竹や木で編んだ魚を獲るための仕掛け)」を繋ぎとめた杭(くい)のことだそうです。
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平等院
京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院。平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、古都京都の文化財として世界遺産に登録されているそうです。平成24年9月からの修復工事がほぼ終わり26年4月から内部拝観が再開されたそうです。十円硬貨の表側にデザインされている平等院です。
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平等院前の商店街を経由して宇治橋、宇治駅まで歩きます。
商店街と紫式部像
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ウォーキングの途中で見かけた紫式部(コムラサキ?)とカワセミさんです。
カワセミさんは葉っぱで上手く写せませんでしたが、私は今年初めて見かけました。
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当日は曇り時々小雨が降る天気でしたが、宇治周辺の見所を巡る楽しいウォーキングでした。

ご訪問していただきありがとうございました。




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