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百舌鳥古墳群を歩こう(大阪府南部) [ウォーキング大阪府南部]

「百舌鳥古墳群を歩こう」に参加してきました。(20181101)

仁徳天皇陵
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大阪堺の百舌鳥古墳群を巡るウォーキングに参加してきました。

当日は晴れ・曇り、最高気温18.7℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)
日本最大の仁徳天皇陵古墳をはじめ、第3位の履中天皇陵古墳や第8位のニサンザイ古墳など、250メートルを越える巨大古墳を擁する日本を代表する中期古墳群。古墳は現在44基残っていますが、消滅した古墳を含めると100基以上の古墳が築かれていたことがわかっています。堺市内の東西・南北約4キロメートルの範囲に広がる古墳群。古墳時代、この一帯には100基を超える古墳が造られました。しかし、都市化の進展などによってその多くが失われ、現在は4世紀後半から6世紀前半に造られた44基の古墳が残っており、日本の古墳文化を物語る貴重な遺産だそうです。

今回は以下の17の古墳を巡ってきました。
 1.天王古墳(てんのうこふん)
 2.鈴山古墳( すずやまこふん )
 3.反正天皇陵古墳(はんぜいてんのうりょうこふん)
 4.丸保山古墳(まるほやまこふん)
 5.銅亀山古墳(どうがめやまこふん)
 6.竜佐山古墳(たつさやまこふん)
 7.孫大夫山古墳(まごだゆうやまこふん)
 8.仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)
 9.グワショウ坊古墳(ぐわしょうぼうこふん)
10.旗塚古墳(はたづかこふん)
11.七観音古墳(しちかんやまこふん)
12.寺山南山古墳(てらやまみなみやまこふん)
13.履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん)
14.いたすけ古墳(いたすけこふん)
15.善右ヱ門山古墳(ぜんえもんやまこふん)
16.御廟山古墳(ごびょうやまこふん)
17.ニサンザイ古墳(にさんざいこふん)

百舌鳥・古市古墳群(堺市「百舌鳥」と羽曳野市・藤井寺市「古市」)は2017年7月31日の文化審議会世界遺産部会において世界文化遺産国内推薦に決定。世界文化遺産登録をめざし、さまざまな取り組みが進められているそうです。


【百舌鳥古墳群の説明、写真は後半に纏めています】


集合場所堺市駅近くの公園を出発して、方違神社、反正天皇陵、仁徳天皇陵、履中天皇陵を経由して大仙公園まで歩きます。

堺市駅近くの公園
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公園を出発します。
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暫く歩くと方違神社に着きました。

方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内・和泉・摂津三国の境にある方位のない清地とされ方除祈願で有名。遠方への旅や家を移る時などに参れば災難に会わないという言い伝えから、新築・転居等の厄除けで各地から多くの人々が参詣に来られるそうです。
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方違神社で少し休憩後、百舌鳥古墳群を巡ります。


仁徳天皇陵の北側を通過します。
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仁徳天皇陵の近くで休憩後、大仙公園を通過して履中天皇陵古墳に向かいます。

大仙公園を通過します。
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履中天皇陵古墳の横を通過します。
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履中天皇陵古墳
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大仙公園に向かいます。
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大仙公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、いたすけ古墳、御廟山古墳、ニサンザイ古墳、百舌鳥八幡宮を経由して三国ヶ丘駅まで歩きました。


古墳群を巡り、百舌鳥八幡宮に着きました

百舌鳥八幡宮(もずはちまんぐう)
欽明天皇(532~571年)のころに建てられたと伝えられ、うっそうとした境内と重厚なたたずまいは歴史の古さを感じさせます。本殿右前にある大くすは幹囲り5.2m、樹高25mで樹齢は700年とも800年ともいわれている名古木で、府の天然記念物に指定されています。また、毎年旧暦8月15日の中秋の名月にかけて、勇壮なふとん太鼓を繰り出す「月見祭」は、農作の祈願と満月を祝う風習とが合わさって神社の祭りになったものといわれ、記録によると300年以上の伝統があります。太鼓を仕込んだ台の上に、朱色の座布団を5段重ねにした造りのふとん太鼓は、高さ約4m、重さ約3tもあり約70人で担ぎ「ベーラベーラベラショッショイ」というかけ声と太鼓の音で、まちを練り歩いた後神社に奉納されるそうです。
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この後、三国ヶ丘駅まで歩きました。
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【百舌鳥古墳群】

 1.天王古墳(てんのうこふん)
反正天皇陵古墳東側にある円墳のように見える1辺11m程の方墳。同古墳の陪塚で濠がめぐらされていたと考えられているそうです。
(写真はネットから引用させていただきました)
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 2.鈴山古墳( すずやまこふん )
反正天皇陵古墳(田出井山古墳)の東側にありその陪塚と考えられ、一部が削られているために形が変っていますが方墳です。一辺が22m程で埴輪が立てられており、濠がめぐらされていたと考えられているそうです。
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 3.反正天皇陵古墳(はんぜいてんのうりょうこふん)
百舌鳥古墳群の北端にある前方部を南に向けた前方後円墳で、現在は百舌鳥耳原三陵の北陵・反正天皇陵として宮内庁が管理しています。墳丘の規模は全長約148m、後円部径約76m、高さ約13m、前方部幅約110m、高さ約15mで百舌鳥古墳群では7番目の大きさです。仁徳天皇陵古墳の1/3ほどの大きさで、天皇陵では小さいほうですが理由はよくわかっていません。墳丘は3段に築かれその形や出土した埴輪から、5世紀中頃に造られたと考えられています。現在一重の盾型周濠がめぐっていますが、周囲で行われた発掘調査で、かつて二重濠があったことが確認されているそうです。
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 4.丸保山古墳(まるほやまこふん)
丸保山(まるほやま)古墳は、短い前方部を南に向けた帆立貝形古墳で、周囲には濠が巡っています。前方部の高さが著しく低いのは、昭和30年の開墾で大きく削られてしまったからです。埋葬部の構造や副葬品の内容などはわかっていませんが、円筒埴輪が採集されています。その埴輪から5世紀後半頃に造られたものと考えられています。丸保山古墳の西側には、円墳の菰山塚(こもやまづか)古墳があり、さらに南側にもかつて古墳のような高まりがあったということです。これらを含めて仁徳天皇陵古墳(大山古墳)の陪塚(ばいちょう)と考えられるそうです。
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 5.銅亀山古墳(どうがめやまこふん)
仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の西南にあり、高さ5.4mの方墳で周濠の有無は不明です。古くは堂亀山とも記されていたようです。墳丘は高く、2段築成がよく残るなど残存度は良好で、下段は南側が造り出し状に張り出し長方形を呈しているそうです。
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 6.竜佐山古墳(たつさやまこふん)
仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の南に接してある西向きの前方後円墳で、同古墳の陪塚と考えられ古墳の全長は61m、後円部径43m、前方部幅26mの前方部が短い帆立貝形をしています。一部の調査では葺石と円筒埴輪があり、幅10m程の周濠がめぐっていたようですが、埋葬施設などについては不明。現在は前方部とそのまわりの濠を復元して整備され、後円部は宮内庁が管理しているそうです。
(標識の写真はネットから引用させていただきました)
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 7.孫大夫山古墳(まごだゆうやまこふん)
仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の南に接してある西向きの前方後円墳で、同古墳の陪塚と考えられ全長は約56m、後円部径48m、後円部高約7.6m、前方部幅約30mで、前方部の短い帆立貝形をしています。一部の調査では葺石と円筒埴輪があり、幅10m程の周濠がめぐっていたようですが埋葬施設などについては不明。現在は濠を復元して整備されています。後円部は宮内庁が管理し、前方部と周濠は堺市が管理しているそうです。
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 8.仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)
エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上空から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されています。日本最大の前方後円墳で北側の反正天皇陵古墳(田出井山古墳)、南側の履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)とともに百舌鳥耳原三陵と呼ばれ、現在はその中陵・仁徳天皇陵として宮内庁が管理しています。前方部を南に向けた墳丘は全長約486m、後円部径約249m、高さ約34.8m、前方部幅約307m、高さ約33.9mの規模で3段に築成されています。左右のくびれ部に造出しがあり、三重の濠がめぐっていますが、現在の外濠は明治時代に掘り直されたものです。葺石と埴輪があり埴輪には人物(女子頭部)や水鳥、馬、鹿、家などが出土しています。昭和30年代と最近の調査で造出しから須恵器の甕が出土し、古墳が造られた年代を知る資料として話題になっています。明治5年(1872年)には、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿が出土しました。出土品は再び埋め戻されたといわれていますが、詳細な絵図の記録があり、甲冑は金銅製の立派なものだったようです。日本最大の前方後円墳にふさわしく、周囲に陪塚と考えられる古墳が10基以上あります。仁徳天皇陵とされていますが、日本書紀などに伝えられる仁徳・履中の在位順とは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっているそうです。

(冒頭の写真です)

 9.グワショウ坊古墳(ぐわしょうぼうこふん)
旗塚古墳の東側にある卵形の円墳で、墳丘は2段築成と考えられています。周囲には濠(ほり)がめぐり、葺石と埴輪が検出されていますが、主体部の構造や副葬品は不明です。昭和50年代の公園造成時には、すでに墳丘上部は削平されて平らでしたが、現状は公園整備がなされ、大仙公園の一部となっています。円墳で径約61メートルという大きさは、仁徳天皇陵古墳(大山古墳)の陪塚とされている径約62メートルの大安寺山古墳に次ぐ大きさで、全国的にも有数の規模を誇ります。発掘調査では、規模と西側が張り出した卵形を呈する墳形であること、濠から外側における削平が顕著であるものの古墳の濠埋土は比較的良好に残存する可能性が高いこと、墳丘には「天地返し」とも呼ばれる鱗状層序(うろこじょうそうじょ)による盛土を採用していることが判明しました。遺物は原位置を留めない円筒埴輪、形象埴輪、須恵器、ミニチュア鉄鍬(くわ)が出土しましたが、本古墳の築造時期は、これらの遺物から5世紀後半と考えられるそうです。
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10.旗塚古墳(はたづかこふん)
百舌鳥古墳群の中央部、グワショウ坊古墳の西側に位置する帆立貝形前方後円墳で、2段築成の墳丘を有し、くびれ部後円部寄りで約12.5メートルの幅で外方へ約3メートル張り出す造り出しを持ちます。濠(ほり)は盾(たて)形にめぐり、周囲に葺石と埴輪列を備えた幅3.4メートルの堤が存在する可能性が高いと思われます。主体部の構造や副葬品の内容は不明ですが、出土した円筒埴輪と石見(いわみ)型盾形埴輪から、5世紀中頃の築造と考えられるそうです。
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11.七観音古墳(しちかんやまこふん)
履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)の北側、大仙公園の南入口にあります。鉢巻状の壁で保存されていますが、原形とは少し違うようです。鉄器や武器が大量に発見された七観山古墳(七観古墳)と、名前が似ているのでよく間違えられます。堺市の調査で直径25m、高さ3m程の円墳であることがわかっています。中心部の様子はわかっていませんが、碧玉製の琴柱形石製品が出土したといわれているそうです。
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12.寺山南山古墳(てらやまみなみやまこふん)
履中天皇陵古墳(ミサンザイ古墳)の後円部側外周にある方墳で、同古墳に付随する古墳と考えられます。発掘調査により、墳丘は2段築成で、濠との比高差は4メートル以上に復元できますが、南西側の濠は、履中天皇陵古墳(ミサンザイ古墳)の外周溝(がいしゅうこう)と共有していた可能性が高いと思われます。墳丘は「天地返し」による鱗状層序(うろこじょうそうじょ)からなる盛土を採用し、葺石と基底石(きていせき)を検出しています。築造時期については、わが国で最古段階の須恵器が出土していることから、5世紀初頭頃と推測できるそうです。
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13.履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん)
百舌鳥古墳群では仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)に次ぐ巨大前方後円墳で、10基ほどの陪塚を従えていたことがわかっています。そのなかの七観山古墳は出土資料などから、仁徳天皇陵古墳より古く5世紀前半頃に造られたことがわかっています。墳丘の全長約365m、後円部径205 m、高さ約27.6m、前方部幅約235m、高さ約25.3mの規模の日本で3番目に大きい、石津ヶ丘にある前方部を南に向けた巨大前方後円墳です。墳丘は3段築成で西側のくびれ部には造出しがあり、主体部の構造や副葬品などはわかっていませんが葺石と埴輪があります。一重の盾形周濠と堤がめぐっていますが、平成6年(1994年)に外側に幅10m程の2重目の周濠が見つかっています。江戸時代の記録では、後円部中央に大きなくぼみがあったといわれていることから、すでに盗掘を受けている可能性があります。現在は百舌鳥耳原三陵の南陵・履中天皇陵として宮内庁が管理しているそうです。
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14.いたすけ古墳(いたすけこふん)
百舌鳥古墳群のほぼ中央に位置し、前方部を西に向ける3段築成の前方後円墳です。周囲には一重の濠が巡り、墳丘には埴輪と葺石(ふきいし)のあることが確認されています。埋葬部分の構造や副葬品は不明ですが、墳丘の形や埴輪の状況から5世紀中頃に築造されたと考えられます。周囲には陪塚(ばいちょう)とよばれる小形の古墳があり、善右ヱ門山(ぜんえもんやま)古墳が後円部の東側に現存しています。消滅した陪塚には吾呂茂塚(ごろもづか)古墳、播磨塚(はりまづか)古墳がありました。 いたすけ古墳は、昭和30年頃に土取り工事で破壊の危機にひんしましたが、市民による運動で保存が決まり、昭和31年に国指定史跡になりました。現在も濠の中に残されている橋げたは、土取り工事が行われようとしたときの名残です。保存運動の際に後円部から採集された冑形(かぶとがた)埴輪は実物の鉄製冑を忠実に模したもので、堺市の文化財保護のシンボルマークになりました。 いたすけ古墳は、百舌鳥古墳群を構成する重要な前方後円墳というだけでなく、我が国における文化財保護の歴史を語るうえでも重要な古墳だそうです。
(標識の写真はネットから引用させていただきました)
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15.善右ヱ門山古墳(ぜんえもんやまこふん)
百舌鳥川北岸に位置する方墳で、いたすけ古墳の外堤と接するように築造されていることから、同古墳に付随する古墳と考えられます。 平成12・15年度の調査では、墳丘は2段築成であることを確認しましたが、墳丘の周囲には明確な周濠を設けていません。また、テラス上に埴輪列を検出しましたが、その埴輪から5世紀前半の築造であると考えられるそうです。
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16.御廟山古墳(ごびょうやまこふん)
百舌鳥本町にある前方部を西に向けた前方後円墳です。平成20年に行われた宮内庁と堺市による発掘調査により、規模が墳丘長約203m、後円部径約113m、前方部最大幅約136mと復元されました。墳丘は3段に築かれていて、南側のくびれ部には造出しがあります。葺石と埴輪がありますが、埋葬の主体部の構造や副葬品などはわかっていません。周囲には盾形の濠と堤がめぐっていますが、最近の調査で二重の濠があることがわかっています。墳丘は陵墓参考地として宮内庁が管理しているそうです。
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17.ニサンザイ古墳(にさんざいこふん)
百舌鳥古墳群の南東端にある前方部を西に向けた大型前方後円墳で、墳丘の規模は全長約300m、後円部径約170m、高さ約24.6m、前方部幅約224m、高さ約25.9mです。3段に築かれた墳丘はくびれ部の両側には造出しがあり、主体部の構造や副葬品は不明ですが、葺石と埴輪のあることが確認されています。現在は一重の盾形周濠がめぐっていますが、昭和51年(1976年)に周囲の発掘調査で外濠のあることがわかりました。前方部が広くどっしりと安定感のある古墳で、反正天皇陵古墳(田出井山古墳)のほぼ4倍の大きさです。また建造時期もほぼ同じことから、これを反正天皇陵と考えている説もあります。墳丘は宮内庁が反正天皇の空墓として、陵墓参考地に指定し管理しています。ニサンザイは陵(みささぎ)が語源と考えられ、前方部が大きく広がったその姿は古墳群の中で最も精美といわれ、百舌鳥古墳群の中で最も新しい、5世紀後半に造られたとされる古墳だそうです。
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世界文化遺産になればよいですね。


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ご訪問していただきありがとうございました。




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熊野街道4(大阪府南部) [ウォーキング大阪府南部]

「熊野街道4」に参加してきました。(20180928)

熊野街道の標識
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大阪堺市鳳駅から住吉区の住吉東駅までの熊野街道を歩いてきました。

当日は晴れ、最高気温27.8℃。爽やかな天候に恵まれ気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所鳳駅を出発して大鳥大社、石津神社を経由して大仙公園まで歩きます。

集合場所の鳳駅
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鳳駅を出発すると直ぐに大鳥大社の前を通過します。

大鳥大社(おおとりたいしゃ)
和泉国一の宮の大鳥造の本殿は古代神社建築の一つとして名高く、日本武尊が死後白鳥の姿となって降り立ったと言われているそうです。
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石津神社に向かいます。
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石津神社(いしづじんじゃ)
八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)、大己貴神(おおなむちのかみ)、天穂日神(あめのほひのかみ)を祀っています。境内には、本殿・幣殿・拝殿・御輿倉と野見宿禰神社・天満宮があるそうです。
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大仙公園に向かいます。
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大仙公園に着きました。
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大仙公園で昼食休憩になりました。

昼食休憩後、方違神社、遠里小野橋を経由して住吉東駅まで歩きました。


仁徳天皇陵の西側を歩いて、方違神社に向かいます。
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方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内・和泉・摂津三国の境にある方位のない清地とされ方除祈願で有名。遠方への旅や家を移る時などに参れば災難に会わないという言い伝えから、新築・転居等の厄除けで各地から多くの人々が参詣に来られるそうです。
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南海浅香山駅に向かいます。
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南海浅香山駅を通過します。
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遠里小野橋を渡ります。
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この後、住吉東駅まで歩きました。

住吉東駅
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ご訪問していただきありがとうございました。



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高倉寺から陶荒田神社をへて原池公園へ(大阪府南部) [ウォーキング大阪府南部]

「高倉寺から陶荒田神社をへて原池公園へ」に参加してきました。(20180902)

原池公園
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大阪泉北の歴史的な街並みを歩いてきました。

当日は晴れ、30.8℃。暑かったですが、気持の良いウォーキングになりました。

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集合場所泉ケ丘駅近くの広場を出発して高倉寺、三原公園を経由して陶荒田神社まで歩きます。

泉ケ丘駅近くの大型児童館ビッグバン前の広場
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広場を出発して高倉寺に向かいます。
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高倉寺に着きました。

高倉寺(たかくらじ)
高倉寺は、南区高倉台に所在する真言宗寺院。『行基年譜』によると、当寺は行基建立の四十九院のひとつで、修恵院(だいすえいん)と呼ばれ、慶雲2年(705)行基38歳の開創。また寺伝によると、高倉天皇1161~1181)がお越しになられ、「大修恵山高倉寺」の称号を賜ったと伝えられています。天正13年(1585)の根来(ねごろ)攻めによる兵火で伽藍(がらん)を焼失したと伝えられていますが、その後再建され、現在境内には、金堂をはじめ多くの仏堂が小高い丘の上に密集して建ち、江戸時代の濃密な寺院空間を今に伝えているそうです。
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少し休憩した後、三原公園に向かいます。

この辺りでは青空が見えました。
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三原公園に着きました。
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三原公園で休憩した後、陶荒田神社に向かいます。
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陶荒田神社(すえあらたじんじゃ)
崇神天皇の頃の創建と伝えられ、5世紀頃にはこの地で須恵器(陶器)の生産が盛んになり、「荒田直」という人が祖神を祀ったため、地名の“陶(古くは「陶邑」と呼ばれていました)”と人名の“荒田”から「陶荒田」と称されたといわれています。以来、陶器郷の氏神として、また陶器の生産に携わる業者の守り神として厚い信仰を集めているそうです。
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陶荒田神社で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、御坊山古墳、原池公園を経由して深井駅まで歩きました。

陶荒田神社を出発して、御坊山古墳 陶器千塚29号墳に向かいます。
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御坊山古墳 陶器千塚29号墳(ごぼうやまこふん とうきせんづか)
陶器千塚は、陶器北・辻之・東山に所在する古墳時代後期の群集墳で、29号墳は昭和59年に発掘調査が行われ、埋葬施設には全国的にも珍しい横穴式木芯粘土室(よこあなしきもくしんねんどしつ)が採用され、須恵器工人を葬った埋葬施設かとする説もあります。指定を行う埋葬施設の出土遺物は、須恵器円筒棺1、鉄鏃1、耳環(銀環)1対、ガラス玉45、土玉1、須恵器杯蓋3、同杯身3、同長頸壷1、同提瓶1で、初葬・追葬時の遺物が混入し、6世紀後半から7世紀前半にわたります。これらは、陶邑窯跡群(すえむらかまあとぐん)を擁する本市にあっても数少ない横穴式木芯粘土室からの出土遺物であり、かつ、類例が極めて少ない須恵器円筒棺を含むことなど、市域における古墳時代を考えるうえで貴重な資料だそうです。
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原池公園に向かいます。
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原池公園に着きました。
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この後、深井駅まで歩きました。
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深井駅に着きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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キャンパスを歩こう3-2(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「キャンパスを歩こう3-2」に参加してきました。(20180621)

大阪市立大学
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キャンパスを歩こう3-2、大阪府立大学から大阪市立大学までの街並みなどを歩いてきました。
当日は曇り、最高気温26.4℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所上野芝駅を出発してニサンザイ古墳、大阪府立大学、イオンモール北花田を経由して浅香山中央公園まで歩きます。


集合場所の上野芝駅
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上野芝駅を出発します。
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ニサンザイ古墳の横を通過します。
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大阪府立大学に着きました。

大阪府立大学(おおさかふりつだいがく)
大阪府立大学は、2005年に旧大阪府立大学、大阪女子大学、大阪府立看護大学の3大学を統合し誕生した。現在、4学域13学類、7研究科を設置している。日本の公立大学の中では、大阪市立大学、首都大学東京に次ぐ3番目に規模の大きな大学である。また近畿の大学で唯一の獣医学科と研究科を設置している。学術情報センター図書館は大阪府民も利用することができるそうです。
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学術情報センター
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少し休憩後、大阪市立大学に向かいます。

中百舌鳥駅を通過します。
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楠塚公園で休憩になりました。

楠塚公園(くすつかこうえん)
西に「金岡神社」という北区金岡町の氏神のような神社がありますが、その金岡神社御旅所(頓宮西ノ宮)というのが正しい呼び名だそうです。楠塚公園の大きなクスノキは幹の周囲6.1m。木の高さ18mあるそうです。
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イオンモール北花田に着きました。
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吾彦大橋(あびこおおはし)を渡ります。
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浅香山中央公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、大阪市立大学構内を通過して杉本町駅まで歩きました。

大阪市立大学(おおさかいちりつだいがく)
大阪市立大学の主な母体である旧制大阪商科大学は日本最初の市立大学として創立された。2011年時点で公立大学としては最も規模が大きく、8学部10研究科を設置しているそうです。
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学術情報センター
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この後、杉本町駅まで歩きました。


Niceボタンをクローズさせていただきました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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昭和の行楽地_浜寺公園のバラ(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「昭和の行楽地・浜寺公園のバラ」に参加してきました。(20180512)

浜寺公園バラ園
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大阪堺の松林・海水浴などでも有名な浜寺公園のバラを見てきました。

当日は晴れ、最高気温23.9℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所堺市駅近くの東雲公園を出発して、方違神社、仁徳天皇陵、履中天皇陵を経由して霞ケ丘公園まで歩きます。

集合場所堺市駅近くの東雲公園
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東雲公園を出発します。
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方違神社に着きました。

方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内・和泉・摂津三国の境にある方位のない清地とされ方除祈願で有名。遠方への旅や家を移る時などに参れば災難に会わないという言い伝えから、新築・転居等の厄除けで各地から多くの人々が参詣に来られるそうです。
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方違神社の横にある反正天皇陵を通過します。

反正天皇陵(はんぜいてんのうりょう)
百舌鳥古墳群の北端にある前方部を南に向けた前方後円墳で、現在は百舌鳥耳原三陵の北陵・反正天皇陵として宮内庁が管理しています。墳丘の規模は全長約148m、後円部径約76m、高さ約13m、前方部幅約110m、高さ約15mで百舌鳥古墳群では7番目の大きさです。仁徳天皇陵古墳の1/3ほどの大きさで、天皇陵では小さいほうですが理由はよくわかっていません。墳丘は3段に築かれその形や出土した埴輪から、5世紀中頃に造られたと考えられているそうです。
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仁徳天皇陵に向かいます。
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仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)
全長約486mの日本最大の前方後円墳。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されているそうです。
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少し休憩後、霞ケ丘公園に向かいます。

大仙公園を通過します。
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七観音古墳のツツジが綺麗に咲いていました。

七観音古墳(しちかんのんこふん)
履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)の北側、大仙公園の南入口にあります。鉢巻状の壁で保存されていますが、原形とは少し違うようです。鉄器や武器が大量に発見された七観山古墳(七観古墳)と、名前が似ているのでよく間違えられます。堺市の調査で直径25m、高さ3m程の円墳であることがわかっています。中心部の様子はわかっていませんが、碧玉製の琴柱形石製品が出土したといわれているそうです。
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履中天皇陵の西側を通過します。

履中天皇陵(りちゅうてんのうりょう)
石津ヶ丘にある全長約365mの日本で3番目に大きい巨大前方後円墳。仁徳天皇陵古墳より古く5世紀前半頃に造られ、百舌鳥耳原南陵、ミサンザイ古墳、石津ヶ丘古墳とも呼ばれる百舌鳥耳原三陵の一つだそうです。
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霞ケ丘公園につきました。
霞ケ丘公園で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、諏訪ノ森駅、浜寺公園、大鳥神社を経由して鳳駅まで歩きました。

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諏訪ノ森駅
明治40年(1907)12月に開業。当時この辺りは船尾村と呼ばれ、その村社として、かつてあった諏訪神社が駅名の由来といわれている。プラットホームは以前は相対式でしたが、下りホームの幅員を広くするため、昭和41年(1966)、下りホームのみ難波寄りに約60メートルずらして移設。白砂青松の松林から続く海原の彼方に、遠く淡路島が描かれた5枚組ステンドグラスがはめ込まれた西駅舎は、平成10年(1998)9月、浜寺公園駅舎とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となり、平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれたそうです。
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浜寺公園(はまでらこうえん)
浜寺公園は、大阪府堺市西区および高石市の沿岸部に広がる大阪府営の都市公園。約5,500本の松林で知られるそうです。
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浜寺公園バラ園(はまでらこうえんばらえん)
「浜寺公園 ばら庭園」は浜寺公園の中にあり、約300種6,500株が植栽されているそうです。
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バラを鑑賞した後、浜寺公園バラ園を出発します。
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大鳥神社に向かいます。
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大鳥神社(おおとりじんじゃ)
和泉の一の宮、大鳥造の本殿は古代神社建築の1つ。日本武尊が死後、白鳥となって最後に留まった地に、周辺の人々が白鳥を祭るため建てた社が大鳥神社であると伝えられている。境内種々の樹木があり「千種の森(ちぐさのもり)」と呼ばれている。また、菖蒲園には10万本のしょうぶが群生しており、6月には一般に公開されるそうです。
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この後、鳳駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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史跡土塔から家原大池公園へ(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「史跡土塔から家原大池公園へ」に参加してきました。(20180506)

土塔
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大阪堺市の史跡土塔、野々宮神社などを訪れてきました。

当日は晴れのち曇り、最高気温26.2℃。少し汗ばむ感じでしたが、気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所深井駅近くの水賀池公園を出発して土塔町公園、野々宮神社、ソフィア堺、鈴の森公園を経由して八田荘公園まで歩きます。

深井駅近くの水賀池公園
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水賀池公園を出発して土塔町公園に向かいます。
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土塔町公園に着きました。
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土塔(どとう)
奈良時代の僧の行基によって築かれた十三層の方形の塔。平成21年に5年間の復元整備が完了したそうです。
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少し休憩後、菰池から野々宮神社、ソフィア堺に向かいます。
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菰池付近を通過します。
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菰池で折り返します。
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野々宮神社(ののみやじんじゃ)
創建時期は不明、永正年間の兵火で消失後現在地に移転。境内には「寛文三年」の銘のある石灯籠一対など注目すべき石造遺物があり、「常陵郷の森」は市の保存樹木に指定されているそうです。
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ソフィア堺に着きました。

ソフィア・堺(そふぃあ・さかい)
ソフィア・堺(堺市教育文化センター)は、本市の教育文化の振興を目的として、市制施行100周年事業に位置づけられ、平成6年7月に開館。市民の生涯学習と芸術文化の活動の場、教育に関する研究及び教職員への研修・教育相談等の場を提供する複合施設だそうです。
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少し休憩後、八田荘公園に向かいます。

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鈴の宮公園
綺麗に整備された公園でした。
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蜂田神社(はちたじんじゃ)
創建は明治5年で、祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)。2月には十二支の土鈴の音色で、その年の吉凶を占う節分の鈴占神事が行われ、「鈴の宮」の名称でも親しまれています。8月は献花祭、千燈祭、10月は御例祭、12月は鎮火祭が行われるそうです。
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八田荘公園に着きました。
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八田荘公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、家原大池公園を経由して津久野駅まで歩きました。

八田荘公園を出発します。
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家原大池公園近くの街並みを歩きます。
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家原大池公園
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この後、津久野駅まで歩きました。

津久野駅
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ご訪問していただきありがとうございました。



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浅香山浄水場のつつじ見物(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「浅香山浄水場のつつじ見物」に参加してきました。(20180501)

浅香山浄水場
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大阪堺の浅香山浄水場のツツジを訪れてきました。今年のつつじは少し早く開花していたので、残念ながら見ごろは過ぎていました。

当日は晴れ、最高気温28.3℃。少し汗ばむ中のウォーキングになりました。

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集合場所南田辺駅近くの公園を出発して万代池公園、住吉大社、霞松原神社を経由して 浅香山浄水場まで歩きます。

南田辺駅近くの公園
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公園を出発して万代池公園に向かいます。
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万代池公園に着きました。
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少し休憩後、住吉大社に向かいます。
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住吉大社(すみよしたいしゃ)
全国に約2,300社ある住吉神社の総本社。下関の住吉神社、博多の住吉神社とともに日本三大住吉の一社。また、毎年初詣の参拝者の多さでも全国的に有名。四棟の本殿は国宝に指定されているそうです。
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休憩後、浅香山浄水場に向かいます。

チンチン電車(阪堺電車)を見かけました。
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霞松原神社を通過します。
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安立商店街を歩きます。
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大和川を渡ります。
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南海電車浅香山駅を通過します。
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浅香山浄水場に着きました。

浅香山浄水場(あさかやまじょうすいじょう)
浅香山緑道と旧浅香山浄水場に植えられている樹齢70年を超えるツツジと、新しく植えられた合計約2,500本のツツジ。満開の時期を少し越えていましたが綺麗に咲いていた花を見てきました。
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浅香山浄水場で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、我孫子町駅まで歩きました。

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大和川を大阪市内に向けて渡ります。
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この後、我孫子町駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。





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堺の古墳巡り(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「堺の古墳巡り」に参加してきました。(20180221)

御廟山古墳
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大阪堺市の歴史ある古墳群など巡ってきました。

当日は曇りのち晴れ、最高気温9.5℃。気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所津久野駅近くの家原池公園を出発して野々宮神社、水賀池公園を経由して白鷺公園まで歩きます。

津久野駅近くの家原池公園(えばらいけこうえん)
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公園を出発します。
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「深井花のこみち」を歩きます。
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野々宮神社の横を通過します。

野々宮神社(ののみやじんじゃ)
創建時期は不明、永正年間の兵火で消失後現在地に移転。境内には「寛文三年」の銘のある石灯籠一対など注目すべき石造遺物があり、「常陵郷の森」は市の保存樹木に指定されているそうです。
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水賀池公園(みずがいけこうえん)に着きました。
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少し休憩した後、白鷺公園に向かいます。

泉北高速鉄道に沿いに歩きます。
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白鷺公園(しらさぎこうえん)
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白鷺公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、 ニサンザイ古墳、百舌鳥八幡宮、御廟山古墳、いたすけ古墳、大仙公園、仁徳陵古墳を経由して三国ヶ丘駅まで歩きました。

白鷺公園を出発します。

大阪府立大学の前を通過します。
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ニサンザイ古墳(にさんざいこふん)
百舌鳥古墳群の南東端にある前方部を西に向けた大型前方後円墳で、墳丘の規模は全長約300m、後円部径約170m、高さ約24.6m、前方部幅約224m、高さ約25.9mです。3段に築かれた墳丘はくびれ部の両側には造出しがあり、主体部の構造や副葬品は不明ですが、葺石と埴輪のあることが確認されています。現在は一重の盾形周濠がめぐっていますが、昭和51年(1976年)に周囲の発掘調査で外濠のあることがわかりました。前方部が広くどっしりと安定感のある古墳で、反正天皇陵古墳(田出井山古墳)のほぼ4倍の大きさです。また建造時期もほぼ同じことから、これを反正天皇陵と考えている説もあります。墳丘は宮内庁が反正天皇の空墓として、陵墓参考地に指定し管理。ニサンザイは陵(みささぎ)が語源と考えられ、前方部が大きく広がったその姿は古墳群の中で最も精美といわれ、百舌鳥古墳群の中で最も新しい、5世紀後半に造られたとされる古墳だそうです。
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百舌鳥八幡宮に向かいます。


百舌鳥八幡宮(もずはちまんぐう)
欽明天皇(532~571年)のころに建てられたと伝えられ、うっそうとした境内と重厚なたたずまいは歴史の古さを感じさせます。本殿右前にある大くすは幹囲り5.2m、樹高25mで樹齢は700年とも800年ともいわれている名古木で、府の天然記念物に指定されています。また、毎年旧暦8月15日の中秋の名月にかけて、勇壮なふとん太鼓を繰り出す「月見祭」は、農作の祈願と満月を祝う風習とが合わさって神社の祭りになったものといわれ、記録によると300年以上の伝統があります。太鼓を仕込んだ台の上に、朱色の座布団を5段重ねにした造りのふとん太鼓は、高さ約4m、重さ約3tもあり約70人で担ぎ「ベーラベーラベラショッショイ」というかけ声と太鼓の音で、まちを練り歩いた後神社に奉納されるそうです。
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少し休憩後、御廟山古墳、いたすけ古墳、大仙公園に向かいます。

御廟山古墳(ごびょうやまこふん)
百舌鳥本町にある前方部を西に向けた前方後円墳。平成20年に行われた宮内庁と堺市による発掘調査により、規模が墳丘長約203m、後円部径約113m、前方部最大幅約136mと復元された。墳丘は3段に築かれていて、南側のくびれ部には造出しがあります。葺石と埴輪がありますが、埋葬の主体部の構造や副葬品などはわかっていません。周囲には盾形の濠と堤がめぐっていますが、最近の調査で二重の濠があることがわかっています。墳丘は陵墓参考地として宮内庁が管理しているそうです。
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いたすけ古墳(いたすけこふん)
百舌鳥古墳群のほぼ中央にある前方部を西に向けた前方後円墳で、周りには陪塚とされる古墳が数基ありました。5世紀前半に造られたとされ、全長約146m、後円部径約90m、高さ約12.2m、前方部幅約99m、高さ約11.4mで3段に築成され、南部のくびれ部には造出しがあります。葺石と埴輪があり後円部からは衝角付冑の埴輪が出土しています。台地の南端に位置しているため、濠の南側には大規模な堤が築かれています。この古墳は昭和30年(1955年)頃に住宅造成のため破壊されそうになりましたが、市民運動によって保存されました。当時、後円部から出土した冑の埴輪は堺市の文化財保護のシンボルマークになっているそうです。
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大仙公園(だいせんこうえん)で休憩になりました。


この後、仁徳陵古墳の横を通過して三国ヶ丘駅まで歩きました。


仁徳陵古墳(にんとくりょうこふん)
エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つ。5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定。日本最大の前方後円墳。前方部を南に向けた墳丘は全長約486m、後円部径約249m、高さ約34.8m、前方部幅約307m、高さ約33.9mの規模で3段に築成されています。昭和30年代と最近の調査で造出しから須恵器の甕が出土し、古墳が造られた年代を知る資料として話題になっています。明治5年(1872年)には、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿が出土しました。出土品は再び埋め戻されたといわれていますが、詳細な絵図の記録があり、甲冑は金銅製の立派なものだったようです。日本最大の前方後円墳にふさわしく、周囲に陪塚と考えられる古墳が10基以上あります。仁徳天皇陵とされていますが、日本書紀などに伝えられる仁徳・履中の在位順とは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっているそうです。

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国華園の大菊花展観賞ウオーク(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「国華園の大菊花展観賞ウオーク」に参加してきました。(20171105)

光明池
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大阪南部の国華園の大菊花展、金剛寺などを訪れてきました。

当日は晴れ、最高気温17.2℃。秋晴れの気持ち良いウォーキングになりました。



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集合場所河内長野駅を出発して文化会館を経由して金剛寺まで歩きます。

河内長野駅を出発します。
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文化会館
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金剛寺に向かいます。
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金剛寺(こんごうじ)
金剛寺は今から800年前、平安朝の文化人、小松内大臣、平重盛公の創建による古寺と伝えられていて、歴史と信仰を有する名刹の古寺。高野山が女人禁制だったのに対して女性も参詣ができたため、女人高野とも呼ばれるそうです。
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金剛寺で昼食休憩になりました。
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昼食休憩後、国華園、国分峠、光明池を経由して光明池駅まで歩きました。

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国華園に向かいます。
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国華園(こっかえん)
創業昭和2年。菊の育種販売から始まり、今では日本中、世界中の植物や園芸資材などを取り扱っているそうです。今回のウォーキングの目的の一つである第34回日本菊花全国大会を見てきました。(開催2017/10/20~11/23)
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日本菊花全国大会に展示された花
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少し休憩後、国分峠、光明池に向かいます。

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国分峠
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光明池緑地に着きました。
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光明池(こうみょういけ)
池の南西畔から副堤防・本堤防を経て東畔にいたる遊歩道や池の南側をU字型に囲むように整備されている遊歩道は散歩コースとして多数の近隣住民に利用されていて、池によって分断されている光明台地区をつなぐアーチ橋である「光明池大橋」が架けられている。緑豊かな環境から1989年に「大阪みどりの百選」に選定。2009年には「大阪ミュージアム」にも登録されているそうです。
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この後、光明池駅まで歩きました。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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堺の寺社仏閣_公園旧跡巡り(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「堺の寺社仏閣&公園旧跡巡り」に参加してきました。(20170913)

堺泉北港
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大阪堺の歴史的な街並みと公園旧跡などを歩いてきました。

当日は晴れ、30.6℃。暑かったですが、気持の良いウォーキングになりました。


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集合場所堺市駅近くの公園を出発して方違神社、西本願寺、堺利晶の杜、旧堺燈台を経由して大浜公園まで歩きます。

堺市駅近くの公園を出発して、方違神社に向かいます。
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方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内・和泉・摂津三国の境にある方位のない清地とされ方除祈願で有名。遠方への旅や家を移る時などに参れば災難に会わないという言い伝えから、新築・転居等の厄除けで各地から多くの人々が参詣に来られるそうです。
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少し、休憩後、西本願寺堺別院、堺利晶の杜に向かいます。
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西本願寺(にしほんがんじ)
「北の御坊さん」として親しまれている西本願寺堺別院は、足利義氏(よしうじ/1189-1254)の四男・道祐(どうゆう)が、本願寺三世覚如に帰依して建立したのが始まりとされている。文明8年(1476)、5世樫木屋道顕(かしきやどうけん)が本願寺八世蓬如を招き、その住居として現存している「信証院」を建てた。寛文3年(1663)には、十三世乗珍が寺地を西本願寺に寄進、以来別院となった。現在の本堂は、文政8年(1825)に再建されたもので、堺市に現存する最大の木造建築とされる。廃藩置県に伴って明治4年から10年間(1871~1881)は、本堂と境内の土地が堺県庁として貸与され、堺別院は宿院町に移転していた。そのため、別院は「堺県庁跡」として大阪府指定史跡に。境内には堺出身の歌人・与謝野晶子の歌碑のほか、高さ20m、幹の周り3.65mもある銀杏の巨木が、この寺の歴史を語るかのように根をおろしているそうです。
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休憩後、堺利晶の杜、旧堺燈台、大浜公園に向かいます。

路面電車沿いを歩きます。
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堺利晶の杜(さかいりしょうのもり)
2015年3月20日オープン。堺が生んだ茶の湯の大成者「千利休」と、日本近代文学を切り拓いた歌人「与謝野晶子」の生涯や人物像などを通じて、堺の歴史・文化の魅力を発信する文化観光施設だそうです。
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堺駅付近です。
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旧堺燈台(きゅうさかいとうだい)
堺のシンボルの一つとして保存。現地に現存する日本最古の木造洋式灯台として国指定史跡に指定されているそうです。
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大浜公園に着きました。
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ここで、昼食休憩になりました。


昼食休憩後、南宗寺、仁徳天皇陵、大仙公園を経由して上野芝駅まで歩きました。

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南宗寺(なんしゅうじ)
1557年三好長慶が父の菩提を弔うため大林宗套を開山に建立。夏の陣で焼失後沢庵宗彭らが再建、国の名勝枯山水の庭、重要文化財仏殿・山門・唐門、千家一門の供養塔、利休好みの茶室実相庵などがあります。南宗寺の山門は国の重要文化財に指定されているそうです。
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仁徳天皇陵、大仙公園、履中天皇陵に向かいます。
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仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)
全長約486mの日本最大の前方後円墳。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されているそうです。
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大仙公園
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履中天皇陵(りちゅうてんのうりょう)
石津ヶ丘にある全長約365mの日本で3番目に大きい巨大前方後円墳。仁徳天皇陵古墳より古く5世紀前半頃に造られ、百舌鳥耳原南陵、ミサンザイ古墳、石津ヶ丘古墳とも呼ばれる百舌鳥耳原三陵の一つだそうです。
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この後、上野芝駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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泉北の公園から西高野街道を巡る(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「泉北の公園から西高野街道をめぐる」に参加してきました。(20170903)

西高野街道
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大阪泉北の歴史的な街並みと西高野街道を歩いてきました。

当日は晴れ、31℃。暑かったですが、気持の良いウォーキングになりました。


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集合場所泉ケ丘駅を出発して大蓮公園、高倉寺、高倉公園、三原公園を経由して陶荒田神社まで歩きます。

泉ケ丘駅近くの大型児童館ビッグバン前の広場
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ビッグバン前の広場を出発して、大蓮公園を歩きます。

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高倉寺に着きました。

高倉寺(たかくらじ)
高倉寺は、南区高倉台に所在する真言宗寺院。『行基年譜』によると、当寺は行基建立の四十九院のひとつで、修恵院(だいすえいん)と呼ばれ、慶雲2年(705)行基38歳の開創。また寺伝によると、高倉天皇1161~1181)がお越しになられ、「大修恵山高倉寺」の称号を賜ったと伝えられています。天正13年(1585)の根来(ねごろ)攻めによる兵火で伽藍(がらん)を焼失したと伝えられていますが、その後再建され、現在境内には、金堂をはじめ多くの仏堂が小高い丘の上に密集して建ち、江戸時代の濃密な寺院空間を今に伝えているそうです。
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高倉公園、三原公園に向かいます。
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三原公園で休憩した後、陶荒田神社に向かいます。

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陶荒田神社(すえあらたじんじゃ)
崇神天皇の頃の創建と伝えられ、5世紀頃にはこの地で須恵器(陶器)の生産が盛んになり、「荒田直」という人が祖神を祀ったため、地名の“陶(古くは「陶邑」と呼ばれていました)”と人名の“荒田”から「陶荒田」と称されたといわれています。以来、陶器郷の氏神として、また陶器の生産に携わる業者の守り神として厚い信仰を集めているそうです。
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ここで、昼食休憩になりました。


昼食休憩後、西高野街道、出雲大社大阪分祀、白鷺公園を経由して白鷺駅まで歩きました。

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西高野街道(にしこうやかいどう)
五つの旧街道の一つ、西高野街道は平安時代に天皇・貴族を中心に盛んになった高野山詣の道として整備され、その後、高野聖(ひじり)の納骨や庶民の参詣の道となりました。また、江戸時代には堺の町人をはじめとした、米・酒・綿などの通商の幹線としてにぎわう全盛期をむかえ、堺と高野山との物資輸送の主要道となり、関茶屋には道標のほかにも地蔵堂、祠、旧家のまち並みが時代をしのばせているそうです。
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出雲大社大阪分祀(いずもたいしゃおおさかぶんし)
出雲大社からの分祠。大国主命に加えて、大阪分祠となる前から火之迦倶槌神を主祭神としており、縁結び・悪因縁解除などに御利益のある神社として有名。地元では「初芝さん」と呼ばれ、親しまれているそうです。
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白鷺公園
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この後、白鷺駅まで歩きました。


ご訪問していただきありがとうございました。



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堺ツーデーマーチ(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「堺ツーデーマーチ(2日目)」に参加してきました。(20170604)
百舌鳥八幡宮
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ニサンザイ古墳
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土塔
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堺ツーデーマーチは堺市大浜公園をスタート・ゴール地点として2日間で行われるウォーキング大会です。参加者が30km、20km、10kmなどのコースを選び完歩を目指すものです。参加者は各自のペースで堺の街並みを楽しみながら歩きます。

大会には2日間で延べ約2484名が参加したそうです。

私は2日目の30kmのコースに参加しました。

当日は晴れ、26.1℃、気持良いウォーキングになりました。


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集合場所堺市大浜公園を出発して南宗寺、仁徳天皇陵古墳、いたすけ古墳、御陵山古墳、百舌鳥八幡宮、ニサンザイ古墳、土塔、原池公園を経由して家原大池公園まで歩きます。

集合場所の堺市大浜公園です。
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堺市大浜公園を出発します。
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南宗寺(なんしゅうじ)
1557年三好長慶が父の菩提を弔うため大林宗套を開山に建立。夏の陣で焼失後沢庵宗彭らが再建、国の名勝枯山水の庭、重要文化財仏殿・山門・唐門、千家一門の供養塔、利休好みの茶室実相庵などがあります。南宗寺の山門は国の重要文化財に指定されているそうです。
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仁徳天皇陵古墳に向かいます。
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仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)
クフ王ピラミッド、始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓、日本最大の前方後円墳だそうです。
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仁徳天皇陵古墳の南側にある大仙公園でチェックポイントがありました。
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いたすけ古墳
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タヌキが出るとのことでしたが、今回は見れませんでした。
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御陵山古墳
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百舌鳥八幡宮(もずはちまんぐう)
欽明天皇の頃に建てられたとされ、本殿右前の大くすは幹囲り5.2m、樹高25m、樹齢7~800年の府指定の天然記念物。中秋の名月には農作祈願と満月を祝う勇壮なふとん太鼓の「月見祭」があるそうです。
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ニサンザイ古墳を通過します。
冒頭の2枚目の写真のところです。

土塔(どとう)
奈良時代の僧の行基によって築かれた十三層の方形の塔。平成21年に5年間の復元整備が完了したそうです。
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原池公園を通過します。
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家原大池公園に向かいます。
ウォーキング参加者は朝日新聞の旗をつけて歩くとゴールした時に記念品をもらえます。
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家原大池公園に着きました。
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家原大池公園で昼食休憩にしました。

昼食休憩後、大鳥大社、浜寺公園を経由して堺市大浜公園まで歩きました。

大鳥大社(おおとりたいしゃ)
和泉国一の宮の大鳥造の本殿は古代神社建築の一つとして名高く、日本武尊が死後白鳥の姿となって降り立ったと言われているそうです。
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浜寺公園駅
阪堺電車の南側の始発駅です。
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浜寺公園でチェックポイントがありました
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堺市大浜公園に着きました。
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前回記事はNiceボタンをクローズしていますが、合わせて見て頂けると嬉しいです。


ご訪問していただきありがとうございました。




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浜寺公園とシーサイドウォーク(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「浜寺公園とシーサイドウォーク」に参加してきました。(20160820)

浜寺公園
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大阪堺、高石、泉大津の浜寺公園、歴史的な町並みなどを歩いてきました。

当日は晴れ、37.6℃と猛烈な暑さでしたが気持ち良い汗をかいてきました。

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集合場所浜寺公園を出発して大鳥羽衣浜神社、鴨公園まで歩きます。

浜寺公園の最寄りの駅です。

浜寺公園駅(はまでらこうえんえき)
浜寺公園駅は瀟洒でレトロな明治の洋風木造駅舎。辰野金吾の設計により、1907年に建てられた木造平屋建ての駅舎。1998年に国の登録有形文化財に登録されていて、現在工事中。2027年度に完成予定の新駅舎のエントランスとして再利用されるそうです。
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浜寺公園の中を歩きます。

浜寺公園(はまでらこうえん)
大阪府堺市および高石市の沿岸部に広がる大阪府営の都市公園。約5,500本の松林で知られるそうです。
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大鳥羽衣浜神社(おおとりはごろもはまじんじゃ)
謹みて惟みるに創祀せられしは、文武天皇の御代にして、慶雲三年に鎮座せられ今日に至るまで実に1260年有余年を経たる延喜式内の古社であり、古くより井戸の守大明神として尊崇されてきたそうです。
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鴨公園
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鴨公園で昼食休憩になりました。

休憩後は専稱寺、円徳寺、念通寺、聖宝寺、蓮正寺、助松公園、大津神社を経由して南海泉大津駅まで歩きました。


専稱寺(せんしょうじ)
永禄2(1559)年、今の泉大津市助松に創建。泉州中部地域の浄土宗布教の中心となった寺院。この地はかつての豪族の城跡だったが、堀跡などに威風をしのぶことができるそうです。
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円徳寺(えんとくじ)
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念通寺(ねんつうじ)
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聖宝寺(しょうほうじ)
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紀州街道を歩きます。

紀州街道(きしゅうかいどう)
江戸時代に紀州と泉州の交易ルートとして堺では重要な役割をもち、高麗橋を起点に堺・大道筋から浜寺石津、浜寺公園を経て和歌山に至る経路は参勤交代の大名や商人でにぎわったそうです。
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蓮正寺(れんしょうじ)
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助松公園
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大津神社(おおつじんじゃ)
もともと若宮八幡と呼ばれていたが、明治41年に近辺の4社を合祀し大津神社と改称。境内には、江戸時代前期の石造物が多く、特に寛永元年(1624年)の石灯ろう2基や寛永20年銘の石鳥居などが目をひくそうです。
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このあと、泉大津駅まで歩きました。


(感謝とお詫び)
いつもを頂き有難うございます。

勝手を言って申し訳ありませんが、今回、Niceを閉じさせて頂きます。


ご訪問していただきありがとうございました。




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ハスの花・堺公園めぐり(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「ハスの花・堺公園めぐり」に参加してきました。(20160626)

大泉緑地
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大阪・堺のハスや睡蓮の花が咲く大泉緑地、白鷺公園を中心に旧街道の長尾街道、竹内街道、西高野街道を歩いてきました。

当日は晴れ少し暑かったですが気持ち良いウォーキングになりました。

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集合場所JR堺市駅近くの東雲公園を出発して金岡公園、大泉緑地、金岡神社、白鷺公園を経由してJR三国ケ丘駅を経由歩きました。

東雲公園(しののめこうえん)
東雲公園は平成14年に開園したそうです。中世ヨーロッパルネッサンス建築風の公園の中にはバラ園がありました。
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金岡公園(かなおかこうえん)
金岡公園は昭和34年(1959年)に開園した運動公園です。昭和61年(1986年)に昭和天皇陛下御在位60年記念健康運動公園の指定を受け再整備。本公園は従来の運動公園が競技者中心の団体志向・ルール遵守型であるのに対し、個人が自由に自らの健康のために運動が行えるように運動処方まで考慮した施設整備を行っているそうです。
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金岡公園近くの緑道
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大泉緑地(おおいずみりょくち)
2007年現在、101.5haが開設。広大な敷地に約200種32万本もの樹木が植えられた大森林公園で、巨大な滑り台が目玉となっている。名称の由来となった大泉池や、花壇、大芝生広場などの憩いのゾーンと、スポーツゾーンなどからなり、15品種約1万株を集めた「かきつばた園」でも知られているそうです。
冒頭の写真の通りハスの見頃には少し早かったようです。
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ここで昼食休憩になりました。

休憩後は竹内街道を歩き金岡神社に向かいます。

金岡神社(かなおかじんじゃ)
絵所長者という役所で最も重きをなした平安前期の宮廷画家巨勢金岡を祭る神社。氏子11町内の大太鼓によるお盆の行事は夏の風物詩だそうです。
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白鷺公園(しらさぎこうえん)
9万㎡の総合公園で運動広場や野球場、児童遊戯コーナー、市の遊水池としての但馬池があり、市の花である肥後系、江戸系、伊勢系など約150種1万株のハナショウブが植えられているそうです。
ハスは丁度見頃を迎えていました。
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このあと、西高野街道を経由して三国ケ丘駅まで歩きました
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(感謝とお詫び)
いつもNiceを頂き有難うございます。

勝手を言って申し訳ありませんが、今回、Niceを閉じさせて頂きます。

ご訪問していただきありがとうございました。




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堺の難読地名と歴史巡り(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

大阪堺の難読地名と歴史巡りに参加してきました。(20160207)

フェニックス通り
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堺の読みにくい地名や神社と、新しい名所「さかい利晶の杜」を訪ねました。
当日は晴れ、気持ちの良いウォーキングになりました。

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JR堺駅近くの東雲公園を出発して、金岡公園、浅香山稲荷神社を経由して浅香山公園まで歩きます。

東雲公園(しののめこうえん)です。
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金岡公園
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浅香山稲荷神社
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浅香山公園付近から見た大和川
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浅香山公園で昼食休憩になりました。


昼食休憩後、山口家住宅、ザビエル公園、与謝野晶子生家跡、さかい利晶の杜、千利休屋敷跡、開口神社、反正天皇陵、方違神社を経由してJR堺駅まで歩きました。


山口家住宅
主屋は慶長20年、大坂夏の陣で市街地が全焼した直後に建てられ、現存する数少ない江戸初期の町家のひとつ。国の重要文化財で、伝統的な堺の町家暮らしを感じることができる魅力溢れる施設だそうです。
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ザビエル公園
1550年堺に来たイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエル。手厚くもてなした豪商日比屋了慶の屋敷跡につくられ、来航400年を記念してザビエル公園と命名。堺まつりの「なんばん市」会場だそうです。
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与謝野晶子生家跡
堺に生まれ明治・大正・昭和を短歌とともに生きた「情熱の歌人」与謝野晶子。「みだれ髪」はその代表作。甲斐町の生家跡には「海こひし潮の遠鳴りかぞへつつ少女となりし父母の家」の歌碑がるそうです。
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フェニックス通り
「日本の道100選」に選ばれた道。 戦後復興のシンボルとして大阪中央環状線の東西約2kmにわたってフェニックスが植えられているそうです。

冒頭の写真になります。


さかい利晶の杜
堺が生んだ茶の湯の大成者「千利休」と、日本近代文学を切り拓いた歌人「与謝野晶子」の生涯や人物像などを通じて、堺の歴史・文化の魅力を発信する文化観光施設。平成27年3月にオープンしたそうです。
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千利休屋敷跡
堺で生まれわび茶を大成した千利休。天下一の茶匠として権勢を振るい茶道千家の始祖・茶聖と称されている。屋敷跡には椿の井戸と利休ゆかりの大徳寺山門の古い部材で建てられた井戸屋形が保存されていました。
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開口神社(あぐちじんじゃ)
行基が念仏寺、空海が宝塔を境内に建てたことで「大寺」とも呼ばれる塩土老翁神、素盞嗚神、生国魂神を祀る旧市内唯一の式内社。大寺縁起絵巻、伏見天皇宸翰御歌集、短刀銘吉光は国指定の重要文化財だそうです。
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反正天皇陵古墳(はんぜいてんのうりょうこふん)
百舌鳥古墳群北端にある全長約148mの天皇陵では小さい方の前方後円墳。5世紀後半の築造で陪塚とされる古墳2基、二重濠の存在が確認されています。百舌鳥3陵の一つ百舌鳥耳原北陵とも呼ばれているそうです。
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方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内・和泉・摂津三国の境にある方位のない清地とされ方除祈願で有名。遠方への旅や家を移る時などに参れば災難に会わないという言い伝えから、新築・転居等の厄除けで各地から多くの人々が参詣に来られるそうです。
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ゴールのJR堺駅まで歩きました。
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ウォーキングの途中でユニークなデザインのバスを見かけました。
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ご訪問していただきありがとうございました。




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松林と花の浜寺公園ウォーク(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「松林と花の浜寺公園ウォーク(大阪)」に参加してきました。(20151101)

浜寺公園
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当日は秋晴れの中の爽やかなウォーキングでした。

古事記ゆかりの日部神社、等乃伎神社を訪れたあと、漕艇場などがある泉北臨海緑地、日本名松100選の浜寺公園にあるバラ庭園などを楽しんできました。

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集合場所のJR鳳駅近くの鳳公園を出発して日部神社、等乃伎神社、楷定寺を経由してふるさと広場まで歩きます。

鳳公園
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日部神社(くさべじんじゃ)
蟇股に祭神の牛頭天王にちなんだ牛・唐獅子など色々な彫物がある本殿。四角形ですっきり美しく装飾性豊かな彫刻が特色の石燈籠は本殿とともに14世紀の建立と考えられる重要文化財だそうです。
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等乃伎神社
古事記にも掲載された巨木伝説に通じる楠は御神木として崇められ、現在も当神社の社業は高石市の数少ない自然保護樹林に指定されているそうです。
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また、お守りの数は日本で3本の指に入るほど豊富だそうです。
お守りの一部
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楷定寺
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富木車塚古墳
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ふるさと広場
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ふるさと広場で少し休憩したあと、高石神社を経由して浜寺水路を渡って府立漕艇センタまで歩きます。

高石神社
当神社は古くは天神の社として知られ、白雉元年(西暦650年)より大阪府高石市に鎮座。平安時代に編まれた三代格式のひとつ「延喜式」の神名帳に高石神社として記されていて、1360年余りの歴史があり、御社には国造り・医薬・知識の神様の少彦名神、天照皇大御神、熊野坐三社をおまつりしているそうです。
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浜寺水路沿いを歩きます。
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府立漕艇センタ
府立漕艇センターは堺・泉北臨海工業地帯の造成に伴い、その広大な埋立地との間に出現した「浜寺水路」を利用して、昭和44年に関西随一の理想的な漕艇コースとして誕生し、艇庫などが建設されたそうです。
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府立漕艇センターで昼食休憩したあと、バラ園のある浜寺公園、羽衣神社を経由して東羽衣駅まで歩きます。


浜寺公園
浜寺公園は、大阪府堺市西区および高石市の沿岸部に広がる大阪府営の都市公園。約5,500本の松林で知られるそうです。
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浜寺公園の松林は冒頭の写真です。


バラ園
「浜寺公園 ばら庭園」は浜寺公園の中にあり、約300種6,500株が植栽されているそうです。
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浜寺公園に日露友好之像がありました。
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羽衣神社
延喜式神名帳に『和泉国大鳥郡 大鳥浜神社 鍬』とある式内社で、今は大鳥神社の境外摂社となっていて、大鳥五社明神の一社。別名・羽衣浜神社とも呼ばれているそうです。
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このあと、ゴールの東羽衣駅まで歩きました。
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高石神社で見かけた七五三詣をされている人たち
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ご訪問していただきありがとうございました。




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第10回堺ツーデーマーチ(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

第10回堺ツーデーマーチ1日目に参加しました。(20150606)

スタートの様子
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ウォーキング記事はメインブログに掲載しました。(こちらです


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(メインブログと同じです)
 堺ツーデーマーチは平成27年6月6日(土)、7日(日)に大仙公園広場をスタート・ゴール地点として2日間で行われるウォーキング大会です。参加者が35km、20km、10kmなどのコースを選び完歩を目指すものです。参加者のペースで堺の街並みを楽しみながら歩きます。大会には1日目は約1800名、2日目は約1380名が参加されたそうです。

私は2012年以来、2度目の参加。今回も20kmコースを選びました。会場から百舌鳥八幡宮、土塔、大鳥大社など堺の南側を歩くコースでした。のんびりと歩いたつもりでしたが、かなり疲れていたようです。翌日はゆっくりと休養しました。


ご訪問していただきありがとうございました。




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堺市全区ウォーク堺区(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「堺市全区ウォーク堺区」に参加してきました。(20150429)

浅香山浄水場
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浅香山浄水場のつつじ(一部)の映像です



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仁徳天皇陵
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仁徳天皇陵の前を歩きます。
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旧堺灯台
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大浜公園
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ヨットハーバー
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開口神社(あぐちじんじゃ)
神功皇后により創建、奈良時代には開口水門姫神社と称され、海を護る役割をもち、最古の国道といわれる竹内街道の西端。また、行基により念仏寺も建立され通称が「大寺」であったことから、念仏寺が廃寺となった今も堺の人々に「大寺さん」の通称で親しまれているそうです。
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大和川
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浅香山浄水場のつつじ
浅香山つつじまつりが開催されていました。
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南海本線堺駅付近で見かけた「鯉のぼり」たち
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ご訪問していただきありがとうございました。




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長尾街道と倭五王伝説ウォーク(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「長尾街道と倭五王伝説ウォーク」に参加してきました。(20150329)

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当日は雨の中のウォーキングになりました。

集合場所のJR堺市駅近くの東雲公園です。
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布忍(ぬのせ)神社
布忍神社は大阪府松原市にある神社。本社の鎮座する「布忍」の地名の由来は日本書紀にもある布忍入姫命(ぬのしいりびめのみこと、日本武尊の娘のひとり)にあると言われていて、本殿は府指定有形文化財に指定されているそうです。
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西除川遊歩道
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桜が満開でした。
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ご訪問していただきありがとうございました。



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仁徳陵と行基さんの足跡を巡る(大阪) [ウォーキング大阪府南部]

「仁徳陵と行基さんの足跡を巡る」に参加してきました。(20150201)

土塔
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堺市の仁徳天皇陵など歴史的な建造物を巡るコースを楽しみました。当日は天気が良く、気持ちの良いウォーキングになりました。


JR堺市駅近くの東雲公園を出発します。
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方違神社(ほうちがいじんじゃ)
近郷では「ほうちがいさん」と称され、方違え、方災除けの神として知られているそうです。
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仁徳天皇陵
全長約486mの日本最大の前方後円墳。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されているそうです。
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大阪府立大学
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土塔
奈良時代の僧行基が建立したとされる大野寺の仏塔。発掘調査によると土を盛り上げた一辺53.1m、高さ8.6m以上の十三重の塔で、各層には瓦が葺かれていたようです。平成21年4月復元整備によって創建当時の姿が再現されたそうです。
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水賀池公園
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野々宮神社
創建時期は不明、永正年間の兵火で消失後現在地に移転。境内には「寛文三年」の銘のある石灯籠一対など注目すべき石造遺物があり、「常陵郷の森」は市の保存樹木に指定されているそうです。
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蜂田神社
祭神は天児屋根命、十二支の土鈴の音色で年の吉凶を占う節分の鈴占神事で、「鈴の宮」の名称でも親しまれています。8月は献花祭、千燈祭、10月は御例祭、12月は鎮火祭が行われているそうです。
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ゴールのJR津久野駅
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ご訪問していただきありがとうございました。




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